九話
〜ヘンリー農園の人々〜
お婆さんは、ジュンが自分の子供のように思えるのです。
身寄りのないただ一人のお婆さんにとって、ジュンは他人のようには思えないのです。
身寄りのない者同士、お互い助け合って生きていこう、そう思うとなおさら、ジュンが可愛く思えるのです。
「支配人さん、ジュンの部屋は、私の隣の空き部屋でいいでしょう」
「あゝ、いいですよ、お婆さんに任せるよ。しかし、お婆さん良かったね。子供が出来て、年取ってからの子供は可愛いだろう」
「冷かさないでよ。でもね、他人事に思えないのですよ。なんだか天から授かった子供のようですよ」
「それは、良かったね」
お婆さんはジュンを部屋に案内したり、部屋を掃除したり、お布団を運んだりして、甲斐甲斐しく世話をしてくれました。
本当の母親のようにしてくれました。
今のジュンにとっては、本当の母親以上の神の存在でした。
孤独の中に、降って湧いたような暖かい幸せです。
いつまでも続くようにと心の中で祈りました。
ヘンリー農園の人々は思ったとうり、みんな心の暖かい優しい人達でした。
みんなと楽しく働きました。
みんなに愛され大切にされました。
今では馬小屋で生活していたジュンにとって、ちゃんとした小部屋も頂いたのです。
食べ物も今迄よりずうっと美味しいものばかりで、空腹で悩むことも無くなりました。
ジュンは幸せな毎日を過ごしていました。
しかし、幸せは長くは続きませんでした。
それは、お婆さんが病気になったからです。
ジュンは、恩返しに一生懸命で看病しましたが、お婆さんの病気は重くなるばかりでした。
お医者さんは
「年が年だから、何も言えません。できる限りのことはしますが、、、」
と、希望のない返事でした。
その言葉はジュンを始め、みんなを悲しませました。
お婆さんは生と死の間を彷徨っていました。
枯れ木のような細いお婆さんの腕は、細いローソクを思わせ、その細いローソクがそよ風に吹かれただけで、いつ消えるのだろうかと、ビクビクしながら、息の詰まる思いで、ジュンはお婆さんを見守っていました。
お婆さんの病は重いものでした。
「お婆さん、元気を出してください。死なないでください」
と、ジュンは男泣きに泣きながら言いますが、その声はお婆さんには届きません。
そのような大変な時に、支配人さんが顔色を変えて飛んできます。
「ジュン、早く逃げなさい。警察だ。さあ、早く早く!」
「しかし、お婆さんが」
「お婆さんの事は、僕たちに任せて、早く逃げなさい、捕まったら死刑だよ」
「なぜ、僕が逃げ隠れしなければならないのです」
不満そうにジュンは言います。
「気持ちはわかるが、そのような事で言い争う場合ではないだろう、さあ、早く、ジュン、早く逃げなさい」
「支配人さん、そうします。お婆さんの事はくれぐれもよろしくお願いします。本当にお世話になりました。支配人さん、お婆さんの事はよろしくお願いします」
と、何度もくどいように言いました。
そして、ジュンは深々と頭を下げました。
ジュンはお婆さんの事が心配で心配でなりません。
後ろ髪引かれる思いで泣きながら走りました。
恩返しもできない自分が、惨めで泣きました。
その背中に
「裏庭から逃げたほうが良い」
と、支配人さんの愛の言葉が響きました。
ジュンは裏庭から逃げました。
走って走って走りました。
ジュンはこのようにして再び警察の追跡にあうう身となるのです。




