七話
逃亡生活をよぎなくされて
警官の手から逃れる事ができましたが、ジュンは追手が来るような気がしてなりません。
ジュンは走って走って、無我夢中で走りまくりました。
裸足で飛び出して、靴を履いていないジュンの足からは、血が滲みでています。
ジュンは荒い呼吸をしながら横になりました。
そのまま眠ってしまいました。
やっと、警察の手から逃れる事が出来ましたが、誤解を受けたジュンは、逃亡生活を余儀なくさせられました。
どれくらい時が過ぎ去ったのでしょうか。
ぐっすり眠っていたジュンは、パンの焼ける匂いで目が覚めました。
考えてみれば父に追い出された後、一度も食事を取っていない事に気がつきました。
腹が空いて、腹がぺこぺこです。
パンの焼ける美味しそうな匂いにひかれて、ふらふらと歩いて行くと、頭に白い布をかぶり白いエプロンをした、七十歳ぐらいのお婆さんが、ニコニコ笑いながら近づいて来ます。
そうして声をかけてくれました。
「あーら、坊やは腹が空いているのでしょう?」
「はい」
「あら、なかなか素直で良いわ。さあ、おいでパンをあげるわ」
と、ジュンを農場の食堂に連れて行ってくれました。
お婆さんはお皿にパンを沢山盛って、持ってきてくれました。
牛乳も添えてあります。
ジュンは夢を見ているような気がしました。
「さあ、好きなだけ沢山お食べ、遠慮などしない方が良いよ」
お婆さんはにこにこしてジュンを見ます。
「ありがとうございます。遠慮なく頂きます。」
ジュンはパンと牛乳を口の中に頬張りこんで、息もつかないようにしてむさぼり食べました。
「若い人はいいね、素晴らしい食べっぷりだよ」
可愛い我が子を見るような目で、ジュンを見ます。
ジュンは地獄に神様とは、このような事だなと思いました。
「坊やは一人でどうしたの」
ジュンは今までの事を全部、お婆さんに話しました。
話を聞いたお婆さんは
「そう、苦労したのね、可哀想に。
私は坊やの言う事を信じるわ。
坊やの目は嘘をついている目ではないわ。
お婆さんは坊やの言う事を信じるわ」
「本当?お婆さん信じてくれる?」
「はい、信じるよ」
「お婆さん、ありがとう」
ジュンは久しぶりに笑顔を見せました。
ジュンは心の中で叫んでいました。
人に信じられる事が、こんなにも嬉しく、心救われる事かと。
信じられた事の嬉しさでジュンの胸は熱くなりました。
そんなジュンにお婆さんは
「ジュンは偉いわ。
多くの死者の中に生きている人がいれば、助けようとしたのよね。
それで死体の中を探したのよね」
「はい」
「ジュンは素晴らしい子供なのね。
だって、大人だって多くの死体を見れば逃げるわよ。
ジュンって、優しくって勇気のある子供なんだね。」
ジュンは久しぶりに褒められて、僕の事をそんな立派な人間に思ってくれる、お婆さんに心から感謝しました。
僕の事を母はいつも褒めてくれていました。
その母が亡くなったので、その代わりにお婆さんを神は授けてくださったのだろうか。
と思うほど嬉しく思いました。
「それにしても警察も警察だわ。
坊やみたいな幼い子供が、大勢の大人を殺せるわけがないのに」
と、お婆さんは自分の事のように怒って、ブリブリ言っています。
ジュンの為に怒ってくれるのです。
じゅんは久しぶりに暖かい母の愛に、ふれた思いがしました。
「お婆さん、僕も大勢の大人は殺せない、と言ったのです。
しかし、仲間がいて僕は逃げ遅れたのだというのです。
それで、仲間の居る場所を教えろ、そしたら命は助けてやる。
と、散々でした。
しかし、僕が知る訳ないでしょう?」
「ぶたれたの?』
「いや、そこまではしませんでした。
しかし、日が経てば分かりません。
それは、『ぶたれたくなかったら白状しろ、ニ〜三日はまってやるからな』と言うのです」
「そう、でもそれは脅迫じゃない」
お婆さんは自分の事のように悔しがります。
ジュンにもわかるように肩に怒りが走っています。
そして、気の毒そうにジュンを見ます。
その眼差しは、母の眼差しそのものでした。
慈愛に満ちていました。
久しぶりに母と一緒にいるような気がするジュンでした。
「坊やはどこにも行くあてはないのね」
「はい」
「そう、では、お婆さんがこの屋敷で働けるように支配人さんに頼んであげるわ」
(僕に仕事を与えてもらえるのですか)
嬉しさのあまり口に出そうとしました。
しかし、ジュンは口を固く閉じました。
誤解とはいえ、今は警察に追われる身の上となっていますので、喜ぶ事が出来ません。
僕をかくまうという事は、このお婆さんの身の上にも、危害がかかる事になります。
お世話になったお婆さんを、そのようにしていいのだろうか。
と、ジュンは悩みました。
ジュンの思いまで気づかないお婆さんは語り続けます。
「この農園のご主人様は月に一度しか、ここには来られないのよ。
あちらこちらに農園を沢山持っていらっしゃってね。
そうそう、ここはヘンリー農園と言うのよ。
ご主人様がヘンリーという名前なのでそう言うのよ。
ヘンリー様はとってもお忙しいお方なので、この農園は支配人さんが取り仕切っていらっしゃるの。
だから、お婆さんが支配人さんに坊やを雇ってくださるように頼んでみるわ」
お婆さんは急ににこにこ顔になり
「あっそうだ、先日支配人さんが
『だれかいないかなぁ。人手が足りないよ』
って言っていらしたわ。
だから、雇われたのと同じよ」
「お婆さん、僕がこの農園で働くことが出来るのですか」
「そうよ、一緒に働きましょう」
「でも、僕は警察に追われている身の上です。
お婆さんやヘンリー農園の皆さんにご迷惑はかけられません。
殺人犯をかくまった罪は重罪となりますから」
「ジュン、心配しなくてもいいよ。
お婆さんに任せなさい。
悪いようにはしないから」
「いいのですか、お婆さん」
と、言いながら、お婆さんを見ると、こっくりと頷きながら、ニッコリと笑います。
その笑顔はいいのよ、いいのよ、と言っています。
その姿は、神々しく輝いて、ジュンには見えました。
「お婆さん、お願いします。
僕は本当に助かります」
「うん、分かったわ。
お婆さんがなんとかするからね」
ジュンは心のそこから救われたと思いました。




