四話
いざ家を出るとなると母と暮らしたこの家に未練が残り、熱い涙が頬を濡らしました。
ジュンは古ぼけたカバンを一つ下げて家を出ました。
何か言うとどんな返事が返ってくるかわからないので、無言で下を向いたまま家を出ました。
家を出ようとするジュンに、父も女も何も言わずに冷たい背中を向けています。
その背中は
「早く出て行け」
と、言っているように伝わってきます。
お金というお金は全く持っていません。
パン一個も買えないのです。
家は出たものの行くあてなど全くありません。
トボトボと歩きました。
(僕は道端に倒れて、死んでしまうのかもしれない、母さんのところへ行けて、母さんと一緒に暮らせるようになるのかな)
と、思った時です。
大きな農場が見えました。
(そうだ、この農場に雇ってもらえるかどうか聞いてみよう)
ジュンにとっては一点の光でした。
一途の望みが持てました。
ジュンは空腹も忘れ喜び勇んで、農場のお屋敷の玄関へと急ぎました。
トントン、と玄関の戸を叩きました。
物音ひとつしません。
気味が悪いほどの静けさです。
「ご免ください。誰かいらっしゃいませんか。ご免ください」
トントンと、また、戸を叩きました。
するとギィーギィと戸が開きます。
との開く音だけが辺りの静けさを破ります。
「鍵がかけてない」
ジュンは独り言を言いながら中へ入り
「ご免ください。ご免ください。誰かいらっしゃいませんか」
と、言いながら、家の中の方へと入って行きました。
部屋の中を見たジュンは、びっくりして腰を抜かしそうになりました。
(まさか、現実ではあるまい、このような恐ろしいことがあるはずはない)
目をこすっては見、目をこすっては見ました。
何回もそうしました。
しかし、やはり何人もの人が殺され、部屋も荒らされるだけ荒らされていました。
床の上は血の海です。
死体は重なりあっていたり、散らばっていたりしています。
胸の上に大きなナイフが刺さって死んでいる人もいます。
腕が切り落とされてそこから血がどくどくと流れている人もいます。
また、ある人は首を切られて、首と胴体から血が吹き出ています。
首と胴体はわずかな皮一つで繋がっていましたが、血の勢いで皮一つが破け首と胴体がはなれました。
その生首がゴロンゴロンと血の流れの勢いに押されながら、ジュンの足元に転がってくるのです。
ジュンは逃げようとしました。
でも、足が動きません。
完全に腰が抜けたのでしょうか。
生首はジュンの足元で止まりました。
生ぬるい血がジュンの足にかかり、髪の毛がジュンの足に絡みつきます。
ジュンの全身に冷たい水がはしり、わなわなと震えます。
目に見える前景はまさしく地獄絵そのものです。
ジュンはあまりのむごさに、びっくりして声もでません。
ジュンの顔は青ざめ頭はボオーっとなるのです。
しかし、ジュンはまだ十五歳の少年でしたけど、勇気もあり利口でした。
ジュンの頭に閃いたのは
(この死者達は佛になって、あまり時間が経ってない事に気付きました。
ひょっとしたら、まだ生きている人がいるかもしれない)
そのように思うとじぃーっとしていられません。
「生きている人はいませんか、生きている人はいませんか」
と、探し始めました。
そこへ警察がやって来ました。
「小僧、何をしているのだ」
「大変な事になりました。どうしたらいいかと思っておりました。良い所に来てくださいました」
ジュンはそう言いながら警官を見ました。
「大変な事になりました、なんて、他人様が殺したような言い方はないだろう」
と、言って、警官は冷たい目で見ます。
ジュンはびっくりしました。
(警官達は僕を殺人犯だと思っている。そんなのないよ、、、)
警官はジュンの言い訳も聞かずに、冷たい態度で冷たい手錠を掛けました。
「現行犯で逮捕する」
ジュンは鉄棒で殴られた時のように、頭がザァーンとしました。
気が遠くなり現行犯という言葉が遠くの方で、ワァワァと音となって響き、聞こえてきます。
いくらかの意識の中に現行犯の、その声がかすかに響きます。
「現行犯?現行犯って僕の事ですか?」
「他に誰がいるかね?誰もいないだろう」
「僕が殺すところを見たとでも言うのですか」
「死体のそばに居て死体を触っていた、それが何よりの証拠だ」
「佛さんが暖かいので生きている人がいるかもしれないと思って、探していたのです。僕は刃物すらもっていません。」
「ごちゃごちゃ言うな」
「誤解ですよ、誤解ですよ!」
と、言って、手錠を外そうとすればするほど、手錠は手の筋肉に食い込みます。
ジュンにとっては一瞬の出来事で、何が起こったのか、なんの事なのかさっぱりわかりません。
いきなり警官がやってきて、現行犯で逮捕すると手錠を掛け、嫌がるジュンを警察へ引きずりながら連れて行くのです。




