十四話
〜犯人を探し当てた〜
ヘンリー農園の人達が、ジュンの側へ走り寄って来て、十字架に縛られた縄を解いてくれました。
「ジュンが、今のうちに早く逃げなさい」
「はい、そうします。色々どうもありがとうございます。お婆さんの病気はどうですか」
恩を忘れないジュンは、こんな時でも、お婆さんの身を案じました。
「相変わらずだよ」
「そうですか」
「それより、さぁ、早く逃げなさい、また、警官が来るよ」
ジュンはお婆さんのことが気がかりでしたが、逃げることにしました。
ヘンリー農園の人達はみんなで
「警官にだけは捕まらないようにするんだよ」
その言葉を暖かく受け止めて、走りました。
この国は危険だから、海外に逃げよう、とジュンは思いました。
そのように心に決めて、港を目指して急ぎ走りました。
夜は月の光を頼りに走りました。
飲まず食わずの命懸けで逃げました。
人間は命をかけると、思いもよらない力が出るようです。
死の恐怖にさらされたジュンは、遠い道のりを一気に走りぬくことが出来ました。
ジュンはやっとの事で港町に着きました。
外国船の姿を見つけた時、やっと外国へ逃げられると思いました。
そして、海の方を見ると、朝日がキラキラ輝きながら昇っています。
それはそれは、美しい朝日でした。
雲ひとつない空に、太陽は水平線より輝きながら顔を出しています。
海水も船も町も、黄金色にキラキラ輝いてまばゆいばかりです。
今まで見た景色の中でこのような美しい景色は初めてです。
この地球上にこのような美しい所があるのに。
あの恐ろしい死刑台、あの冷たい銃口、この相反したものが、同じ地球上に共存している矛盾に、納得のいかないジュンでした。
港には、ボートや、貨物船、客船、漁船、いろいろな船が所狭しと並んでいます。
ジュンは、一番大きな貨物船に乗り込み、船底に息を殺して隠れました。
少しのお金も持たずに外国へ行くには、こうするより他に道はありません。
貨物船なら外国に行くに違いない、と思ってそのようにしました。
隠れていると、上の方で立ち働いている靴の音が、コトンコトンと聞こえます。
時々高い音がします。
きっと、荷物を積んでいるのでしょう。
そのような音が長い間していましたが、聞こえなくなりました。
ジュンは、夜になったな、と思いました。
今朝、港町で優しいおばさんに水をもらって飲みましたが、ジュンは喉が渇いて目がくらみそうです。
船底に潜り込んで十二時間、何も口にしていません。
お腹がぺこぺこです。
きっと胃袋には何も入っていないでしょう。
死刑台に立つ前に、この世の別れにと、ささやかなご馳走を食べさせてもらって以来、何も食べていません。
走りに走ったので、腹は完全に空っぽです。
ジュンは危険を覚悟のうえで、本能が命ずるがまま、水を求めて、水のありそうな場所を探し回りました。
あの部屋この部屋と探しているうちに水はありました。
台所の土瓶の中にありました。
ジュンは夢中で貪り飲みました。
ついでにパンも食べました。
船底に戻ろうとすると、帰り道がわからなくなりました。
水を求めてさまよっただけに、皆目見当がつきません。
こっちだったかな、あっちだったかな、とうろうろしていると、人の話し合う声が聞こえてきます。
聞くともなく耳に入ってきました。
「俺たちの身代わりに、ジュンという少年が警察に捕まって死刑になったそうだ」
「そうか、よかったな。お気の毒にお陰で、俺たちの首が繋がった、という訳だな」
「うん、そういうことらしい」
「俺たち頭が良いと思わないかい」
「どうしてだ」
「だってさぁ、陸で人を殺して金品かっぱらって、海の上に逃げ込み、いかにも真面目人間マドロスのように、貨物船に乗っているんだよ、当然、警察は陸で罪を犯せば、陸の上しか探さないだろう。俺はそこが盲点だと思うよ。警察なんてちょろいもんだよ」
「なるほどな」
悪党たちは、自分たちの行動を再認識して、自分たちの悪党ぶりに酔いしれています。
ジュンは怒鳴り込みたい気持ちと、夢を見ているような気持ちが、交差していましたが、ジィーっと耳をそばだてて聞きました。
「それに比べれば、警察はバカだとは思わないかい」
「どうしてだ」
「あんな小童を死刑にしてしまってさぁ」
「そうだよな、あんな若僧にあれだけ大人を殺せる訳がないのにな」
「だけどな、話によると、あの若僧は、大きな岩を砕いて道まで作って逃げたそうだ、それだけの力があれば、大人を何人でも殺しきる、と警察は思ったらしいな、警察がそう考えたのも無理はないらしいぞ、すごい力持ちだってさ」
「そんなに力持ちなら、俺たちの仲間にいれたかったな」
「そうだな、死んでしまえば仕方がないな」
ジュンは
(何を言っているんだ、僕がお前らの悪党の仲間に入ると思うのか)
と腹が立ちドアを蹴り飛ばそうとして、はっと思い止めました。
ジュンは最初こそ自分の耳を疑ったりしていましたが、これは聞き捨てならぬ大変なことだと思うと、かえって心臓がどっきんどっきんと高鳴ります。
ジュンは、ぐっと下腹に力を入れて深呼吸をして、また、耳をそばだてて聞きました。
すると
「この前のジェムス農園は、金にならなかったな、人を殺した割には儲からなかったな、噂のとうりケチな奴だ」
と、言って、苦々しそうに唾を吐きました。
ジュンの脳裏に
(お前らは人殺しのくせによくもまぁ、ぬけぬけと言えた義理もあるまい、唾を吐きかけたいのはこっちの方だよ)
と、怒りが走りますが、じぃっと我慢しました。
また、話し声が聞こえてきます。
「今度は、どこで金儲けさせてもらおうか」
「ヘンリー農園には、金になるブドー酒がヤマト積んであるそうだ。今度はヘンリー農園にしようか」
「お頭、それが良いですよ」
「じゃ、今度の仕事はヘンリー農園だ。よいな、明日の夕方はみんな仕事だ。明日の夕方だ。いいな、いつもの場所に集まれ」
「はい、お頭」
ジュンは、ヘンリー農園と聞いて、脳天チョップを受けたような衝撃を受けました。
あの優しい人達が殺される。
これは、大変なことになった。
このことを早く、ヘンリー農園の人達に知らせなければ、ヘンリー農園の人達を助けなければ、と心が焦りました。
ヘンリー農園の人々が殺される場面を想像し、また、あのジェムス農園の酷い地獄の殺人現場と照らし合わせ考えると、ゾォーっと身震いがします。
ジュンは正直者の母の愛によって育てられたので、この世の中にこのような恐ろしい強盗殺人、陰謀、策略、罠が存在することすら知りませんでした。
本当に恐ろしいことだと思うと、腰が抜けて、動けません。
助けなければ早く知らせなければ、と思えば思うほど体が動きません。
ヘンリー農園の人々を殺されてたまるか、ヘンリー農園の人々を殺されてたまるか、と呪文を唱えるように何回も言っているうちに、だんだん勇気が出てきました。
体も自由になりました。
どうしたらヘンリー農園の人々を助け出すことが出来るだろうか、と考えました。
ジュンは自分自身が警察に追われていることは、すっかり忘れてしまいました。
警察に捉えられるとまた、あの死刑台と冷たい銃口が待っているのに、そのようなことは考えずに、ヘンリー農園の人々を助け出すことだけを考えました。
その時です。
「おおーい、誰か忍び込んでいるぞ」
「本当だ、台所が荒らされている」
ジュンはしまったと思いました。
悪党たちの人数が多いので、パンのひとかけらや、ふたかけらぐらい食べてもわからないだろうと思ったのが運の尽きらしい。
妙なところでケチる奴だ。
パンの一枚二枚間で数えているとは、悪党とは、このようなものなのだろうか、とも思いました。
船がボォボォと危険信号を発します。
船の街灯が一斉に着きました。
船の中は大騒ぎとなりました。
いきり立った頭領が、一人一人の顔を覗いています。
「お前、そこに見たこともない子供が乗っています」
「何をもたついているのだ、早く捕らえろ」
頭領は大きな声で怒鳴ります。
ジュンは悪い奴らに取り囲まれ、追い込まれました。
ジュンはとっさに海に逃げるより、他に助かる道はない、と思って、海の中にドブンと飛び込みました。
「お頭、海に落ちました」
「海に落ちたら命はない。海の水は氷だ。それに子供だろう、そのうちに死んでしまう、ほっとけほっとけ」
悪い奴らは、ジュンを追っては来ませんでした。
海水は氷のように冷たいのですが、ヘンリー農園の人々を助けなくては、という一心がそれに気付く精神的余裕を与えませんでした。
ジュンは無我夢中で泳ぎました。
ジュンは水泳が上手だということもあって、船には巻き込まれませんでした。
幸い波もさっきまでは荒れていましたが、今はおさまっています。
ジュンは船より脱出できたと思った途端、ほっとしました。
そのせいか、疲れがどっと出て、手も足も思うように動けなくなり、波に流されました。
流れるまま波に乗り流され、プカプカ浮いていました。
体力の限界に達したのでしょう。
死刑台に乗せられて以来、疲れています。
冷たい銃口からいつ日が吹き出るか、いつ弾が我が身を射抜くか、死を目の前にひやひやどきどき、緊張した長い時間は、体力を消耗させていました。
体力が尽きるとジュンは、自分に言い聞かせ、自分の心を自分でぶち打ちました。
(ヘンリー農園の人々を死なせてはならぬ、殺されてはならぬ、助けなければならぬ)
と、繰り返すのです。
呪文を唱えるように繰り返すのです。
するとどうした事か、力が出てきます。
しかし、それにも限界がありました。
今のジュンは氷のように冷たい水の上に浮いているだけで精一杯でした。
そこへ、大木が波に乗ってやってきました。
ジュンは、天の助けだ、と大喜びしました。
思いもかけない小さな助け舟です。
必死になって大木を捕まえようと、手を伸ばしますが、なかなか捕まりません。
つるつると滑ります。
ジュンは我武者羅に大木にしがみつきました。
やっとの事で大木の上に乗ることができました。
大木に乗って、流されるまま流されていると、大きな船が通りかかりました。
ジュンは、一生懸命で手を振りました。
その姿を船長さんが双眼鏡で見つけました。
「おい、あそこに誰かいるぞ。このまま進むと船に巻き込んでしまう。面舵いっぱい」
船長さんはありったけの声を張り上げて叫びました。
船員さんは無理だと思いましたが、一生懸命で面舵いっぱいとりました。
そのお陰で、ジュンは船の下敷きにならずに済みました。
そのジュンに照明灯が当てられました。
ジュンはまばゆくて目が開けられません。
片方の手で目を覆い片方の手を振りました。
自分の存在を知らせるために一生懸命で振りました。
「やはり、海に誰か浮いているぞ」
と、ジュンの耳に聞こえてきます。
「早く助けろ、早く助けろ」
声とともにボートが降りてきました。
このようにしてジュンは助けられました。




