十一話
〜女の子に出会って〜
無造作に長い髪を束ねた、十歳ぐらいの女の子が通りかかりました。
奇妙なことをしているジュンに、びっくりして立ち止まり
「お兄ちゃん、何をしているの?雨にびっしょり濡れて」
と、ジュンに声をかけました。
ジュンはその声で我に返り
「神様にお祈りをしているのさ」
「土砂降りの雨の中ですか?」
「雨の中でお祈りすると、後利益が大きいそうだよ」
「それ本当ですか?」
「本当かもしれない」
「じゃあ、私もお祈りしましょう」
「濡れると体に毒だよ」
ジュンはにっこり笑いながら言うと、女の子も悪戯っぽい笑いで答えました。
ジュンは顔にかかっている雨の雫を、手で払い除けていると、女の子は
「随分と濡れているじゃない。私の家はあそこよ。よかったら私の家へ来ない?」
「うん、ありがとう。助かるよ」
「では、行きましょう」
「うん、そうしよう。名前はなんと言うの?」
「私の名前はキャシャリンよ」
「キャシャリン、良い名前だね。お家には誰がいるの?お父さんですか、お母さんですか?」
「父も母も病気で亡くなったの」
「すると、誰と住んでいるの?」
「おじいちゃんよ。おじいちゃんはとっても優しい人よ」
「おじいちゃんと二人で暮らしているの?」
「そうよ。私の家には火があるよ。早く乾かさないと死んじゃうよ」
「本当にそうだね」
「傘に入ったら?」
と、傘を前に出し傘の中にれようとすると、ジュンが
「いいよ、これ以上は濡れはしないよ」
「それもそうね。ひどい濡れ方だわ」
と言って、キャシャリンは、ジュンを見てにっこり笑った。
ジュンも笑った。
細い道を行くと、山の中にある家にしては、新しい家が目の中に入ってきた。
玄関の戸を開けると、昔は裕福な生活をしていたであろうと、思われる部屋飾りの置物が、この家に貫禄を与えていた。
ジュンは見たこともなかったので、一瞬戸惑った。
それは二メートルはあるような、大きな美しいガラスの壺で、色々な花模様が美しい色で飾られていました。
「おじいちゃん、お客さんを連れて来たよ」
「お客さんかい」
「はい、キャシャリンさんに誘われまして、厚かましくやって来ました」
「ようこそ、いらっしゃいました。しかし、その濡れようでは風邪を引きます。わしのを着なされ」
そう言って奥へ入り、着替えを持ってきてくれました。
「こんなボロだが、わしの服の中では最高級品でさ」
「いや、乾いた服なら、僕にとっても最高級品です」
そう言って、二人は笑いあいました。
ジュンは服を着替え、ストーブの側へ行き、暖まり、やっと生きた心地がしました。
「おじいさん、本当に楽になりました」
「それはよかった。ゆっくりなされ」
「お世話になります」
「お名前はなんと言うのですか?』
「ジュンです」
「あゝ、そう。ジュンさんですか。このパンは今出来たばかりで熱くて美味しいよ。ちょうど、いい時に来なさった。おあがりなさい」
「わあ、美味しそうですね。頂きます」
「キャシャリンが作ったのですよ。このパンは、作るのに三十分かかりますが、材料を作って釜の中に入れて買い物に行きました。そして、貴方と出会ったのですね」
「本当に私は運が良かったのですね。あのまま濡れていますと、高い熱を出しているところでした」
おじいさんはジュンの事は色々と聞きませんでしたが、一目見てこの人ならなんでも話していいような思いになりました。
出会ったばかりの人だが、信じていい人物に見えました。
ジュンの全身から純真さが、溢れていました。
見る人が見れば分かるのでしょう、人生を長く歩いた、おじいさんなれば分かるようです。
「わしの身の上話になりますが、いいですか?年寄りの愚痴と思って聞いてください。息子夫婦は殺された、と思うのです。突然、こんなことを言うとびっくりなさるでしょう」
「はい、しかし、構いません。お話をお聞かせください」
「5年前のことですが、そこの木の枝に息子夫婦は首を吊って死んでいました。二人一緒に首を吊ることってあるでしょうか、夫婦仲も良く可愛い娘もいる。それにとっても幸せそうだったのです。自殺する原因が無いのです。買ったばかりの自動車で、来週の休みの日にドライブしようと楽しみに待っていたんです。息子が『おやっさんも来ないかね?』と、言うから『たまには二人で行きなさい』と言っていたのに死んだりするでしょうか?自殺などしないと思うのですが」
ジュンは自分より不幸者はいない、と思っていましたが、このおじいさんも大変な苦労をしていなさる、と思うと微力ながらも、手助けしたいような思いになるのです。
ジュンはおじいさんに好感が持て親しみを感じ、長いこと一緒に生活してきた人のように思えました。
会って一時間も過ぎてないのに自分のおじいちゃんのように思えました。
おじいさんは話し続けました。
「そこのコルク樫の山林は私の物だったんだが、ジェムスという人物がおってな、それは俺のものだ、と言い張るんだよ」
「ジェムスとは、ジェムス農園の?」
「うん、そうさ。強盗に入られ何人もの人が殺された農園さ」
ジュンにとって関係のない人物ではなかったが、黙って聞いていました。
「あの農園もゴードンさんの物だったんだが、いつの間にかジェムス農園になったんだよ。私の家が子供と老人ということに目をつけ脅かすのですよ。『死にたくなかったら、つべこべ言わず、コルク樫の山林を渡せ』と、人の弱みに付け込んで、人の物を自分のものにする悪党だよ」
「そうですか。街で聞いたんですが、従業員は死なずにジェムスが死ねば良かったのに、悪運の強い奴だと言っている人がいましたが、そんなに悪い奴なのですか?」
「はっきり見ていないので言えないのですが、ジェムスはコルク樫の山林を手に入れるために、息子夫婦を殺したのでは、と思ったりするのです。息子夫婦がいればコルク樫の山林は手に入らないと計算した。息子は銃の裁きが上手でね、嫁も銃は扱いきるので、息子夫婦が邪魔になった。これはあくまで想像なんですがね。息子夫婦が死んだのが五年前、そのほとぼりが冷めた頃、二年前から『あのコルク樫の山林は俺の物だから渡せ』と言ってきている。『山林を取られると生きていけない』と言うと、『その時は、この娘を売ればいい』と、平気で言うのですよ」
「警察に相談なさってみませんか?」
「いや、警察はあってもないようなものですよ、ジェムスは命知らずのヤクザを大勢雇っているから」
人間が生きていくということは大変な事なのだなあ、とジュンは思いました。
僕が警察に追われている身の上でなかったら、、、
なんとか手助けがしたいと思いました。
ヘンリー農園で働いて貯めておいたお金を半分おじいさんにあげると
「いや、お気持ちは嬉しいですが、私も孫もそこの工場で働けるようになりましたから、なんとか生きていけます。それに幾らかの蓄えもありますから」
と、言って返しました。
「「あんな幼い子が工場で働くのですか?」
「あの子は幼いながらなかなか、仕事が上手なんですよ」
「そうですか、頼もしいですね」
「貴方はどこへ行っていらっしゃるのですか?」
「仕事を探しているのです」
「そうですか、工場は雇い主さんがとっても良い人だそうです。貴方が気にいる仕事かどうかは分かりませんが、どうです、そこの工場は?」
「いや、本当にありがたいお話です。どうか紹介してください」
「ジュンさんの家から通うのが遠いなら、ここに居なさってもいいですよ、ここからなら五分もかかりませんからね」
ジュンにとってこんないい話はない、僕は女性に化けて、今からは女性として身を隠し生きていこう。
警察は少年を探しているはず、だから、その裏をくぐって女性に変身といこう。
いいアイデアが浮かんだ。と内心にっこりしました。
「おじいさん、私は女性です」
「女子はんですか?」
「はい」
「それでは、キャシャリンの良い友達になってください。しかし、貴方さんはジュンとおっしゃったですよね」
ジュンはしまった、と思いました。
「いや、私の発音が悪かったのです。ジュリーと言ったのです」
「いや、歳をとると耳の方も歳を取りましてな、いや、しかし、貴方は男の服を着ていらっしゃいましたよ」
「私にも色々とありまして、男装していたのです」
おじいさんも深くは聞きませんでした。
その人その人で色々あるのが人生だから、と思ったのでしょう。
ジュンはおじいさんたちと暮らすようになりました。
キャシャリンは
「ジュリーさん、私はお兄ちゃんの方が良かったわ。でもおねえちゃんもいいわよね」
「うん、そうだね、お姉ちゃんもいいよね」
ジュンは意味ありげに笑いましたが、キャシャリンは気づきませんでした。




