6:趣味と実益
半熟状態にした卵にチキンライスをのせてフライパンをななめに傾け卵をよせる。
「さ、ここで形を整えるんだよ」
「はいっ」
息を殺してお皿を近づけ注意深くフライパンから移しフライ返しで形を整える。
「で、できました」
「澤田くん、やればできるじゃないか。さあ次はサラダを作ろう。ドレッシングも手作りするとまた一味違うよ」
「は、はいっ」
夏休みあけから俺は調理室で西月先輩から料理を教わっていた。どうしてこうなったのかは、夏休み前にさかのぼる。
1学期の期末テストが終わり、夏休みを待つばかりとなった頃。寮長が生徒会室で悠々とソファに座ってお茶を飲んでいるお馴染みの光景が広がっていた。
「ちーちゃんって料理ってするのか?」
「料理ですか?あんまりしません」
「そうか。じゃあ覚えろ」
「は?」
白石寮長の言動は基本的に横暴なものと決まっているので(この辺を学ぶのは早かった)、慣れたつもりだったけどこれは本当に想定外だった。
「和樹。その言い方じゃ澤田くんだって困るよ、ねえ?」
「はい。寮長の言動は基本的に横暴ですけど、今のはちょっと」
「ちーちゃんって何気に言動がひどいあたり法哉に似てきたよなあ」
「和樹、それは僕の言動がひどいってことかな」
「あの白石寮長、どうして俺に料理を覚えろって」
大魔神様が降臨する前に話題の転換を試みる。
「それはだな、ちーちゃん。道具は使ってこその道具だろ?家だって人が住まなくなると荒れる」
「そうですね」
「料理好きの涼輔のおかげで、うちの寮は美味しいおやつや間食がある。でもそれだって来年は涼輔が3年生ということで減るだろう。そうすると寮がつまらん。だからちーちゃん、涼輔に料理を教われ」
「教われって…、だいたい寮長は今年卒業じゃないですか。まさかの留年ですか?」
「誰が留年なんてするか。俺が遊びに来たときに美味いものが食べたいんだよ」
「……」
うん、その理由は寮長らしくてなんか納得だ。でも本当は西月先輩を手伝えってことだろうな、とも思えてきたのは俺がこの学園に…いや、この人に馴染んできたってことか。
「まったく和樹は素直じゃないね。西月くん、もしよければ澤田くんに料理を教えてもらえないかな」
「素直じゃないってなんだ。俺はいつだって自分に正直だ!!」
でもそんな寮長の発言に対して、会長や青木先輩、西月先輩は暖かく微笑む。あー、やっぱり皆分かってるんだ。
「僕も自分がそろえた調理道具が使ってもらえるのは嬉しいですよ。澤田くん、一緒に料理してみない?」
「はい、よろしくお願いします」
こうして俺は料理を教わることになった。
オムライスが完成し、次はクッキーを焼くことになり西月先輩は冷凍庫から棒状のクッキー生地を取り出した。
「じゃあ次はクッキーを作ろうか。こうやって生地を作って冷凍しておくと、食べたい量だけ切って焼くだけだからラクだよ。今日は僕の作ったものを焼くけど今度は生地作りを教えるからね」
「はい」
生地を切ろうとしたとき、調理室のドアがガラリと開いて天野先輩が顔をだした。
「涼輔~、助手はちゃんと料理してるかあ?」
「澤田くんは頑張ってますよ。天野先輩、どうしてここに?」
「試食しに来た。ほら、典と大隈っちも連れてきたぞ」
確かに天野先輩の後ろには木ノ瀬先輩と、剣道着を着ている修吾。
「修吾、お前部活じゃなかったのかよ。木ノ瀬先輩は、どうして」
「……休憩してたら天野先輩に引っ張られた」
「図書室から帰ろうとしたら佑につかまった」
2人の言動をよそに、天野先輩は興味深げにオーブンをのぞいている。
「大隈くん、クッキーを焼くから戻るときに剣道部に持っていくといいよ。宮島くんにわたしてくれるかな。木ノ瀬先輩、天野先輩だけだと何されるか心配なので来てもらえてよかったです。澤田くん、試食の準備をしようか」
さすがだ西月先輩。来年の生徒会長と言われるだけある。
自分で作ったオムライスは卵がちょっとボロボロになってしまったものの、味は悪くなかった。西月先輩の作ったものは卵がふんわりでほどよい柔らかさ。俺も教わってればそのうちああいうのが作れるようになるのかな……料理って楽しくて奥が深いかも。
天野先輩の助手になってしまったときは“俺の馬鹿”と思ったけれど、この選択は間違っていなかった。