5:学園の眠り猫
交流合宿後に寮長から配られた学園裏地図がきっかけで、最近俺たち1年生がはまっているのが学園内近道探索だ。土日休みになると互いに誘い合って地図の場所をあちこち見に行く。
洗面所で顔を洗って寝癖をなおしていると、修吾がドアを開けて顔を出した。
「おっはよー!ちーちゃん起きてるかあ。今日暇なら近道チェックしに行こうぜ~」
「朝からちーちゃん言うなよ…おはよう、修吾。お前なんか元気だな~」
「今日は朝錬で宮島先輩が打ち込み稽古をつけてくれたんだよ。あー、俺幸せ」
「そ、それはよかったな。まあ今日は特に用事もないし、行くか。でもその前に朝飯食べたい」
「俺も朝錬したら腹減っちゃったよ。パンかおにぎりだけ食べようかな」
修吾の幸せ基準はよく分からんが、あひるちゃん騒動以降の天野先輩は何かを発明している気配はなく(ただし鼻歌歌いながら設計図は書いている)、生徒会も平穏でバスケ部にも顔を出せている。うんうん、俺が常に求めているのはこういう静かな日常なんだよ。
朝食後の近道探索の途中、日当たりのいい芝生に通りかかったときだ。
「ちーちゃん、人が倒れてる!!ほらあれ!!」
「は?何をばかなことを言って……えええっ?!」
確かに修吾が指差したその先には芝生に倒れている人らしきものが。俺たちはおそるおそるそこに近づいていった。
「あのー、大丈夫ですか?」
「……」
修吾が声をかけても反応がない。俺にむかってどうするって顔をしてくるから、今度は俺が声をかけることにした。
「あのー、気分でも悪いんでしょうか。ん?修吾、この人寝てるみたいだぞ」
「はあ?!なんでここで?」
「俺に聞くなよ」
「……」
やっぱり反応がない。でも、倒れているわけではないのは分かった。なんでこの人、近くにベンチがあるのに芝生で寝てるんだろ。
今はまだ日当たりがよくて暖かいけど、こんな場所で寝てるってなんだか無用心だし虫とか気にならないんだろうか。それに見た感じ1年生にいない顔。
「どうするよ、ちーちゃん」
「どうするって…放置もできないし。あ、そうだ」
こういうときに頼りになるのは、青木先輩か西月先輩じゃないか。どちらかが寮にいてくれることを願って俺は携帯からまずは青木先輩に連絡をしたけど不在で、西月先輩に連絡をした。
「澤田くん、大隈くん待たせたね……相変わらずどこでも眠れるんだなあ。さすが眠り猫」
西月先輩はなぜか紙袋を持参している。あと眠り猫ってなに。
「あの西月先輩。この人って」
「ん?まあ、自己紹介は本人からしてもらったらいいよ。すぐ起こすからさ」
そういうと、西月先輩は紙袋からチョコチップクッキーを取り出し寝ている人の鼻近くに持っていった。餌付け…ていうか食べ物のにおいで起きるのか…?
「……う~ん…涼輔の作ったチョコチップクッキーのにおいがする…おはよう涼輔。ん…………誰」
ほんとに起きたよ。しかも目を覚ましたとたん、クッキーに食いついてるし。謎な人はクッキーを1枚食べ終わると、ようやく先輩の後ろにいる俺たちに気がついた。
「1年生の澤田くんと大隈くんだよ。澤田くんのほうは生徒会で書記をしていて、大隈くんは剣道部所属。飯田橋くんが倒れてると思って僕に連絡くれたんだよ」
「そっか。俺は飯田橋千都。書記と剣道少年ね、よし覚えた。2人とも心配して涼輔を呼んでくれたのかあ、ごめんね。涼輔、クッキーもいいけどおにぎり食べたい。卵焼き入ったの」
「じゃあお昼に作ってあげるよ。2人はまだ近道探索を続けるの?」
「「はい」」
俺たちがうなずくと西月先輩は頑張れと言って飯田橋先輩を連れ立って歩いていった。
その後近道探索を終えた俺たちは学食で昼食を食べた。
「なあちーちゃん、飯田橋先輩って何者?」
「……俺に聞くなよ」
「あ、助手!なあなあ千都に遭遇したんだって?」
「佑、食堂では騒ぐな。2人とも隣いい?」
天野先輩と木ノ瀬先輩に聞かれて、断る理由もないのでうなずく。
「なんで天野先輩、それ知ってるんですか」
「調理室のそば通ったら涼輔と千都がおにぎりを食べててさ。俺にも1個くれたんだ~、で、典と助手と大隈っちにもあげてくれって頼まれたの」
ほいほいっと天野先輩がわたしてくれたおにぎりは一口食べると中に卵焼き。うわー、意外に合う。隣では修吾が木ノ瀬先輩にさっきの質問をしていた。
「木ノ瀬先輩、飯田橋先輩って何者ですか」
「飯田橋くん?騒動を起こさない佑って感じかな。とにかくマイペースで2人が見たようにあちこちで寝てるもんだから、ついたあだ名が『眠り猫』。ちなみに名づけたのは和樹ね」
「千都ってすげーんだよ。俺がどんなに周囲でロボとか走らせたり何か飛ばしても全然起きないの。あれはすごい」
「…天野先輩、なにしてるんですか」
「澤田くん、ツッコミいれるだけ時間の無駄だよ。飯田橋くんを起こしたかったら飴でもいいけど、一番効果があるのは西月くんの作ったおにぎりかクッキーだね。きみたちも見ただろ?」
確かに見た。そして一度試してみたいもんだとちょっと思ってしまった俺と修吾なのだった。