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4:高速あひるちゃんガアガア1号の軌跡

申しわけありませんが、長文になります。

 白石寮長が“俺が楽しみたいからだ!!”と言い切ったあと、俺は腹をくくった。ところが、交流合宿2日目の夜になっても天野先輩の発明品が絡んだ騒動が起こっていない。それを逆に不気味だと思ってしまうのは絶対に普段の生活のせいだ。


 うちの学校は少人数教育も売りのひとつで各学年は60人ずつ(1クラス30人)。だから生徒は全体で180人。でもいくら少人数とはいえ、全員で入れる広さの風呂などあるわけがなく3箇所ある風呂に時間を決めて交代で入る。ちなみに引率の先生方は各部屋に風呂のある個室だ。

 今日は俺たちのグループは最後の時間帯になった。

「うおお~、極楽」

「白石寮長、おっさんくさいです」

「うるせーよ、ちーちゃん」

「いや、今のは確かに和樹がおっさんくさい」

「典、俺はおっさんじゃねえっ」

「ちーちゃんって真実を伝えることにためらわないよな」

「大隈くん、その発言は駄目押しだね」

 今、浴槽につかっているのは白石寮長と西月先輩、木ノ瀬先輩に俺と修吾だ。寮長はさっさと体を洗いシャンプーをすませたあと、俺と修吾に風呂場いたずらの定番・エンドレスシャンプーをしたあとに“一番だぜ~”と言い浴槽のふちによっかかりだらけている。

 体を洗い流しているのが大久保会長と青木先輩、天野先輩がいないけど体調でも悪いのかな、と思ったら噂をすれば影。天野先輩がやってきて体を洗い始めた。なんかすごく急いでいるように見えるのは俺の気のせいか?


 天野先輩が浴槽に持ってきたタオルは不自然にふくれているように見える。自分だけかと思ったら他の皆の視線もタオルに向かっていた。

「佑、そのタオルに何か入れてるの?」

「ふっふっふ!よくぞ聞いてくれた、典!!じゃーん、俺が作ったお風呂が楽しくなっちゃう発明品“高速あひるちゃんガアガア1号”だ!!黄色の体にキュートなオレンジのくちばしという可愛いあひるちゃんが、なんとすごい速さでお風呂のなかを走り回るんだぞ!スリリングで面白いだろ~?」

「あのさ佑、それって今実験するわけ?」

「法哉、だめか?」

「だってさ、すごい速さで走るってことは人に当たったら怪我するだろう?和樹と澤田くんはしょうがないにしても、僕たちは怪我をするのは嫌だなあ」

「ちょっと待て法哉。その発言、俺はどうかと思う」

「会長、寮長と扱いが一緒なんて嫌です。それに天野先輩、あひるちゃんはのんびりぷかぷか浮いているからいいんじゃないかと俺は思います」

 すると天野先輩はちっちっちと指をふった。

「わかってないなあ助手~。のんびりぷかぷかなんてありきたりだ。それにこれはセンサー付で人をよけて駆け抜けるすごい機能があるんだぞ。えいっ!!」

 ざわつく周囲をよそに天野先輩はうきうきした様子であひるのおしりについたボタンを押してしまった。


 ゴゴゴゴと音をたてて浴槽を走るのは“高速あひるちゃんガアガア1号”。名前が長いので“ガア1号”でいいや。

 俺たちが浴槽の両端に逃げたため、ガア1号は堂々とぱっくり割れた真ん中を駆け抜ける。天野先輩はセンサーをつけたから人をよけるというが、まずそれを普通に信じる人間はこのメンバーにいない。それにしても結構往復してるけど、このガア1号はいつ走るのを止めるんだろう。

「……佑、このあひるはいつ止まるんだ?」

「えー、わかんない。内蔵してる電池がなくなるまでかな」

 それを聞いた寮長は問答無用でべしっと天野先輩の頭をはたいた。

「何するんだよ、和樹~」

「何するんだよ、じゃねえっ!!お前は俺たちを湯あたりさせる気か!!」

 そのときゴゴゴゴと水面を走る音が一瞬止まりガツッという音がしたかと思うとガア1号の姿が消えた。

「わ!上!!」

 修吾の言葉に俺と先輩たちはいっせいに上を見た。え、なぜにお風呂に浮かぶべきあひるが回転しながら宙を舞う?

「うーん、勢いあまって飛んでるね」

「会長、何をのんきな。うっかり誰かが入ってきて当たったらどうするんですか」

「青木くん、うちの生徒に風呂を2度入るような人間はいないよ」

「だといいんですけど」

 2人とも心配するのはそこかよっ!!と俺はつっこんでいいだろうか。西月先輩はもう諦めた表情をしている。

「うわー、空飛んでる!さすが俺の発明品」

「また失敗しただけだろ、馬鹿佑!!」

 ゴンっとひびく鈍い音。あ、木ノ瀬先輩が天野先輩にげんこつした。ゆるく曲線を描きながらガア1号は風呂場の出入口へ向かっている。まあ扉にあたってそのまま落ちれば誰も巻き込まれずに回収できるだろう…と、誰もが思っていたそのときだった。

「お~い、いやに風呂が長いけど大丈夫かあ~?」

 扉がガラっと開き、犬山先輩が顔を出した。思わず白石寮長が大声を上げる。

「隆臣、よけろ!!」

「はあ?なにを……うわ?!なんで上からあひる?!!」

 ガア1号は見事犬山先輩の頭頂部にヒットし、そのまま床に転げて止まった。その隣には頭を抱えた犬山先輩…俺たちは慌てて風呂から出て、あひるを回収し服を着たのだった。


 犬山先輩は恨めしげに天野先輩を見た。

「佑、あひるが当たったところが痛いぞ。おまえ、こういう発表会は今の時期は使われてないプールでやれよな」

「ほんと、ごめん。誰にも迷惑かけるつもりじゃなかったんだよ、ほんとだよ」

「学食のスペシャル定食1ヶ月でいいぞお。もちろん佑のおごりな」

 スペシャル定食は1日10食限定でなかなか食べられない。犬山先輩…寛大なのか鬼畜なのか分からん。

「えーっ!!」

「佑、不服を言える立場じゃないだろ。僕が隆臣ならそれにスーパープレミアムプリンをプラスだね。隆臣は寛大だよ」

 スーパープレミアムプリンというのは、学食のスイーツのなかでも「幻の逸品」と言われるもので、こちらも限定10個の代物だ。木ノ瀬先輩って容赦なしだな。

「スーパープレミアムプリンか。あれはなかなか食べられないし僕もあの味をまだ再現できてないよ」

「え、西月くんが再現できないってよっぽどですね」

 青木先輩と西月先輩、スイーツ好きだもんな。俺も一度食べてみたいと思ってるけどさ。

「佑、定食で手を打て」

「そうだよ佑。それとも会長命令で発明品発表会の禁止のほうがいい?」

「ううっ…わかった。スペシャル定食をおごるよ」

 寮長からは慰めを、会長からは穏やかに脅され天野先輩はようやく白旗をあげたのだった。


 その後、学食に猛ダッシュで並ぶ天野先輩の姿が1ヶ月続いたのは言うまでもない。

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