3:寮長は悠々とお茶を飲む
白石寮長が2人掛けのソファにゆったりと座り、足を組んでお茶を飲んでいる。その姿は貫禄があるというか、偉そうというか。
大久保会長は“和樹もあれで繊細なところもあるんだよ”と言ったけど、その繊細さは豪快で横暴な部分にすっぽりと覆われているようだ。
ただ会長の言葉の裏には3年間の積み重ねがある。俺はまだ寮長と知り合って間もない。この1年間で知ることがきっとたくさんあるんだろう。
「やっぱり涼輔の入れる茶はうまいな。このクッキーも。生徒会は美味いもん食べてるなあ」
「和樹が会長でもよかったんだよ?」
「俺は寮に君臨する寮長様のほうが性にあってんだよ。法哉が後ろでどーんと控えているから俺たち学園生はのびのび活動できるんだ」
へー、これが会長のいう繊細な部分なのか~と聞いているとなぜか先輩たちが一斉に心配そうな顔をして寮長を見た。
「和樹、佑に何か変なものを飲まされたの?」
「和樹寮長らしからぬ言動、確かに怪しいですね。天野先輩を探しに行ったほうがいいでしょうか」
「青木くん、なんだったら僕と澤田くんで探してくるよ。ね、澤田くん」
「は、はいっ」
天野先輩って掃除ロボット以外にも作るものがあったのか。でも俺、爆発の後片付けはできても人体実験はかなり嫌だな。
「おい、お前ら!!俺は変なものなんて飲んでない!!」
「なんだ、そうなの。殊勝なことを言うから変に思っちゃったじゃないか。人騒がせだなあ、和樹は」
「お前らが勝手に騒いだんじゃねーか!!まあいい、今日は昨日言ってたやつを持ってきた」
そういうと寮長はA4の紙を2枚出してきて、1枚を会長に手渡す。
「ふうん、昨年と変わってないみたいだね」
「そうそう変化があっても困るだろ。隼人にも手伝ってもらったから助かったよ」
「次の寮長が手伝うのが決まりだからね。青木くんもご苦労さま」
「いいえ。僕もいい勉強になりました」
青木先輩は副寮長なので、普通に考えればそうなるよな。そして、あれが会長の言っていた“おもしろいもの”のたたき台なんだろう。いったいなんだ?
会長と話していた寮長がふいに俺をみた。
「ところでちーちゃん、生徒会には慣れたか?」
「先輩たちが親切に教えてくれるので、なんとか。それより白石寮長、ちーちゃんはやめてくださいって前に言ったじゃないですか」
「えー、そうだったっけ。悪かったな、ちーちゃん」
「モウイイデス」
俺の諦め口調が面白かったのか、あっはっはと豪快に笑う寮長。
「和樹、あんまり澤田くんをからかわないでよね」
「へいへい。法哉は怒らせないのが俺のモットーだからな」
そのわりには天野先輩とセットでよく怒られているのはどういうことなんだろう。
「澤田くん、寮長はもう“おじいちゃん”ですから大事なことは最低でも3回は言った方がいいですよ」
「隼人、誰がおじいちゃんだ、誰が。せめてお父さんにしてくれないか」
にこにことしながら俺に有益(?)なアドバイスをしてくれる青木先輩に寮長がすかさずツッコミをいれる。
「お父さん、ですか。どっちにしろ若者扱いはしないでいいってことですよね?和樹寮長」
「確かに寮長って、昭和のホームドラマでちゃぶ台ひっくり返してるお父さんが似合いそうですね」
「西月くん、うまいこというね。澤田くんもおじいちゃんに言い聞かせてると思って諦めたら。ね?」
「それってもう寮長は俺のことを“ちーちゃん”としか呼べないってことですか。それはちょっと嫌なんですけど」
「……お前ら、人を年寄り扱いすんなっ!!俺はお肌もつやつやぴっちぴちの17歳だっ!!涼輔、お茶くれ」
「その仕草がすでに若者らしくないよ、和樹」
大久保会長、穏やかにツッコミが厳しいです。白石寮長がちょっとばかりへこんでいるのが俺にすら分かります……。なるほど、これが“繊細”な部分か。俺はなんとなく理解した。
そして再びお茶の時間。
「そういや今年の交流合宿で、佑が新しい発明品を試すって言ってたぞ。ちーちゃん、頑張れよ」
「頑張りたくないです。寮長、なんとか止められませんか」
「無理だ。なぜなら」
「なぜなら?」
「俺が楽しみたいからだ!」
その返答に俺はあっけにとられ、先輩たちはやっぱりねという感じで笑う。なにその理解不能な理由。でもそう思っているのは俺だけみたいで。
もしかして俺もいつか先輩たちと同じ心境になるのだろうか…いや、なってしまうのか。それはちょっと嫌だなと思った交流合宿にため息が出た日。