1:助手、誕生
両親の海外赴任が決まり、日本に残ることになった俺に担任の先生が勧めたのは、とある地方の全寮制男子校。
藩校から始まりその後イギリスのパブリックスクールに影響されて全寮制になったというその学校は、歴史と伝統、名だたるOBそれに全国から集まる学生の優秀さで名門校として知られていた。
「澤田なら成績いいし受かるんじゃないか?ご両親と相談してみたらどうだ」
もらったパンフレットをぱらぱらめくると広大な敷地内には最新設備の整った校舎と全て個室の寮だけではなく、いずれ重要文化財に指定されるんじゃないかという藩校と赤レンガで造られた初代校舎の一部が現存している。「落ち着いた環境で楽しい学生生活を送ることができます」という言葉も納得できる環境だと思った。
両親と相談したり学校見学に行ったりした結果、なかなかいいんじゃないのということで俺は受験勉強に精を出し無事合格。すると学校初の学園合格者だと先生方からものすごく喜ばれてしまい、こっちが恥ずかしくなってしまった。
「おーい、助手」
俺を呼び止めたのは諸悪の根源と言ってもいい犬山先輩だった。
「犬山先輩、助手ってのはやめてください」
「えー、だって佑の助手だろ?ついでに生徒会の書記にもなったって聞いたぜ~」
「そもそも犬山先輩が大久保会長にいらんことを言うからこうなったんじゃないですか」
「そんな事言うなよ、助手。佑の助手と生徒会兼務なんてきっと楽しい学園生活が送れるぞ。じゃあな~」
犬山先輩はのんきに手をひらひらさせて歩いていってしまった。
楽しい……どこがだ?俺の学園生活は、天野先輩が屋上でやらかす爆発の後始末と、生徒会で仕事をすることが結構なウェイトを占めている。
ああ、あのとき屋上に見に行ってしまった俺の大馬鹿野郎。もし時間を逆行できるなら何としても止めるのに。
そもそも「落ち着いた環境」という言葉に疑いを持ったのは入学式の2日前に行われた入寮式。寮長の白石先輩が説明をしようとしたそのときに寮内に響き渡った爆発音。なんだなんだと思ったけれど詳しい話は何もなく戻ってきた先輩たちによって淡々とされる寮の説明。あれは今思えば“黙って受け入れろ”というサインだったに違いない。
結局、俺たち1年生が爆発音の原因を知ったのは入学して1週間たった頃だ。白い煙が寮内に流れ出しちょっとした騒ぎになった。2、3年生が集まる方向に自然と俺たち1年生も足が向く。ちなみに、現場でたまたま近くにいたのが犬山先輩と今では親しい友人になった同じクラスの大隈修吾だ。
煙が出ているドアから現れたのは白石先輩と、背の高い人。寮長のことを和樹、と呼んでいたので3年生らしい。ドアの前に待ち構えているのは生徒会の人たちともう一人。ネクタイの色でやっぱり3年生だと分かった。
そして俺たち1年生はあのとき初めて入寮式のときに俺たちに“これからよろしくね”と声をかけてくれた大久保先輩や、“寮のことで困ったことがあったら僕に相談してくださいね”と言ってくれた青木先輩、“僕が作ったんだけど、よかったらどうぞ”と手作りのおにぎりを差し入れてくれた西月先輩のもう一つの側面を知る。あれは……怖かった。
あと、木ノ瀬と呼ばれていた3年生の人。生徒会や寮長と親しく天野先輩のストッパー役をしてるくらいだから、相当な人のはずだ。
でも、いろんな意味ですごいのはあのメンツに怒られても、あんまり反省する様子のない天野先輩と白石先輩だと思う。
そして、煙騒ぎから3日ほどたった頃、屋上に向かう天野先輩をみかけて好奇心を起こして後をつけてしまった。そこで寮長を始め、生徒会メンバーや木ノ瀬さんと話したのが俺の現在の状況のきっかけだ。
イギリスのことわざで好奇心は猫を殺す、というのがあるけど今まさに俺はそれを実感している。
廊下をバタバタとこちらに駆けてくる音がする。
「あ!!助手、発見~!!」
「佑、廊下を走るなよ。澤田くんは逃げないよ」
いや、できることなら逃げたいです……聞き覚えのある声に頭を抱えたくなる。猛ダッシュで逃げたらどうなるんだろう…でも、その結果が俺にいいことなのか甚だ怪しい。
「どうしたんですか。天野先輩、木ノ瀬先輩」
「これから屋上で実験するんだ、助手も来るだろ?」
「え。いや俺は今日生徒会の仕事が」
「澤田くんは真面目だから、そう言うと思った。法哉からの伝言だよ。“今日は佑につきあってね”だって。さ、行こうか」
「助手、行こうぜ」
首根っこをつかまれそうな勢いに、俺は逆らう術がなかった…。
その後、当然のように爆発音が響き屋上の掃除に追われたのは言うまでもない。
助手になった詳しい経緯は拙作「How About You」の番外編:そして幕が上がる 前・中・後編で公開しております。
こちらの「助手、誕生」は番外編3話をまとめたものに少々加筆したものです。




