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プロローグ:答辞には書けない

―春の訪れを感じるこのよき日に、私たち三年生一同は無事卒業式を迎えることができました。

このような盛大な卒業式を挙行していただき、誠にありがとうございます。

またご多忙の中をご出席下さいました御来賓の皆様、校長先生はじめ諸先生がた、並びに関係者の皆様に、卒業生一同心から御礼申し上げます―


 うん、ここまではネットのテンプレートを使おう。このサイトによると生徒共通の思い出やどの教師にも当てはまるような無難な内容を続けるのがいいらしい。確かにそうだ。

 共通の思い出は、修学旅行に体育祭、文化祭でいいか。うちの学校、イベント多いからな~。春は体育祭と交流合宿、夏は縁日、秋は学園祭と紅葉会、2年生は修学旅行。冬はクリスマス会に受験生を励ます鍋の会…だれだ、こんなに考えたやつは。

 でも、全寮制だからこそこういうイベントが全校あげて盛り上がれる。準備は大変だったけど、なんだかんだで全力で楽しんだ。

 とりあえず絞り込んだ共通の思い出と教師への感謝を無難にまとめた文章にして、印刷する。これを先生に見せてOKがもらえれば答辞は完成だ。

 答辞には無難な内容を書いたけど、個人的には1年生のときに先輩方が絡んだ思い出が大部分を占める。まあ、そのおかげで2年生、3年生と何が起こっても“1年生のときに比べればかわいいもんだ”とどっしり構えていられた。

 そういう意味では感謝すべきなんだろうけど、なぜか素直に感謝できない。

「そういえば卒業式に来るってメールきてたなあ」

 携帯電話を開けば、そこに並ぶ先輩たちからのメール。文面はそれぞれ違えど書いてある内容は「卒業おめでとう。卒業式は見に行ってやるからな」。

 なぜ卒業式に来るんだ。大学生って暇か?


「ちーちゃんヒマか~?」

「ちーちゃんいうな、修吾」

 ノックもなしに部屋のドアを開けるのは同級生の大隈修吾。3年間同じクラスの親友と呼べるやつだ。現在は寮長として俺と一緒に生徒をまとめてくれている。

「じゃあオカン」

「……もういいよ。で、なに」

 修吾が俺のことを「ちーちゃん」とふざけて呼び、俺が「ちーちゃんいうな」というやり取りは同級生に言わせると「朝のラジオ体操なみに鉄板ネタ」らしい。嬉しくない。

「お。答辞書けたんだな」

「ああ、まあな」

 俺や修吾も含めてここの生徒は部屋に鍵をかけてない場合は勝手に入るのが当たり前になっている。

 修吾はベッドに腰掛けると、俺が印刷した紙面に目を通した。

「オカン、これはびっくりするくらい普通の答辞だな。うわー、俺驚いちゃう」

「答辞ってのは無難な内容が一番だろ。だいたい大久保先輩も西月先輩もいたって無難な内容だったじゃないか」

 大久保先輩は2年前、西月先輩は昨年それぞれ生徒会長で答辞を読んだ。

「そうだっけ。俺、答辞なんてぜんっぜん覚えてない。さすがちーちゃん、しっかり覚えてるのな」

「だからちーちゃんいうな。まあな、嫌でも覚えてるんだよ」

 生徒会として卒業式の進行や準備とかやってれば、先輩たちが考えた文面なんか何度も目にする。

「ま、オカンは先輩たちに鍛えられたからな~。なんたって助手だし」

「その“助手“ってのもやめろ。で、何か用事があったんじゃないのかよ」

「あ、そうそう。腹減ったんだけど、何かない?」

「それが用事かよ!!」

 でも、俺も頭をつかったせいか腹は減っている。そして調理室で焼いたクッキーが西月先輩からもらった、いや押し付けられた青いクッキージャーにまだ残っていたはずだ。


「そこの青いクッキージャーに確かクッキー入ってるぞ」

「クッキージャー…ちーちゃんってやっぱりオカンだよな。何枚かくれ」

「その代わり、お前がお茶入れろよ」

 修吾は妙に感心すると、ジャーからクッキーを取った。冷蔵庫からペットボトルのお茶を出し、マグに注ぐ。

「もうすぐ卒業だなー、オカンのクッキーも食べおさめか」

「よく言う。修吾、俺と同じ大学志望だろうが」

「ははっ、合格したらまたよろしくな」



 修吾とたわいもない会話をした卒業式1週間前。俺は自分が入学した頃のことを思い出していた。

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