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10:天野先輩に連れられて(後編)

 そこは吹き抜けのロビーを持った5階建ての瀟洒なホテルだった。中に入れば和洋折衷のインテリアで母さんが見たら“センスいいわねえ”とうっとりしそうな感じだ。

 俺と天野先輩をロビーに通すと、お姉さんはちょっと待っててねと姿を消した。

「天野先輩、いったいどういうことなんですか。俺、わけわからないんですが」

「ごめん!助手を驚かせたかっただけなんだ。えっと、まずこのホテルは俺の実家がやってるのだ」

「はいいい?この豪華なホテルを実家が経営してるんですか」

 天野先輩、まさかのお坊ちゃんだったのか!

「うん、うちは江戸時代初期くらいからここで温泉宿をやってて。旅館から何代目かの経営者がホテルに改築したんだ~。といっても、旅館っぽさも残したいってんで和室もあるし部屋食もできるんだよ」

「はあー、すごいんですね~。じゃなくて、俺がここに連れてこられた理由を教えてください」

「助手、ツッコミが鋭くなったなあ。いつも夏休みは典がここでバイトしてるんだけど、冬は海外に住んでる両親のところで過ごすんだよ。だから、助手が寮に残るって聞いてそれならって思ったんだ」

 そういえば終業式のあと、そんな会話したよな…まさか、それがこんな状況を呼ぶなんて。

「うちのバイトは時給はいいし、仕事終わったら温泉入れるし料理自慢だから賄いも美味いぞ。部屋もちゃんと個室を用意してくれてるはずだよ。助手~、バイトしようよ~」

 バイトなんて俺したことないけど、先輩たちが生温かく見送ってくれた理由がなんとなくわかってきた。そりゃ行き先が天野先輩の実家と知ってたら止めないよな。

「…俺、どんな仕事をすればいいんでしょうか」

「ありがとう、助手うううう!!仕事は風呂掃除とかいろんな片づけだ。大丈夫、俺も同じ仕事するし」

 なんかもう、ここまで来ると断ってもしかたない。

「木ノ瀬先輩って、先輩の従兄弟とは聞いてましたけど夏にここでバイトしてたんですか」

「うん。典のお母さんとうちの母ちゃんは姉妹なんだ。うちが一番上で、典のほうは一番下。4姉妹なんだぞ」

 その後、現れたお姉さんが和服姿で驚いたけど若女将と聞いて納得。お母さんが女将でお父さんは医学部の教授、婿養子であるお義兄さんは弁護士なんだそうだ。なんとお義兄さんが学園OBだそうで、あとから紹介されたときには学園の話で盛り上がった。


 俺と先輩の主な仕事は風呂の掃除と布団やタオルの回収。仲居さんから“若いから体力あるわね”などとおだてられたり、風呂掃除担当のベテランの人からすじが言いと褒められたり(本当だろうか)。

 最初はさすがにきついな~と思ったけれど、天野先輩や皆さんに仕事のコツを教えてもらううちに慣れてきた。それに裏側の仕事なんて知らなかったので結構新鮮な体験だ。そういえば両親と家族旅行をした中2の夏休みをふっと思い出したりして。あのときもこんな感じのホテルの和室に泊まったんだ。うちの両親も今頃、ニューヨークでのんびり過ごしているのだろうか。俺が今の状況を話したら、驚いたもののいい経験だねと励ましてくれったっけ。

「助手~、あんまり湯船でボーっとしてると沈むぞお」

「沈みませんよっ。でもきれいな温泉ですね」

「ふふふーん。そうだろ、うちの自慢なんだ。それに俺たちがここをきれいに保つのに協力してると思うとますますいい気分にならないか?なんだ助手、変な顔して」

「いやー、普段、学園で発明品暴走させて会長や寮長に怒られてる天野先輩とは思えない殊勝な言動に驚いてるんです」

「ひどいぞ、助手!!」

「すいません。発明資金はここでバイトしたのを充ててるんですね」

「まあな。あ、そうだ。明日は俺のラボ見せてやるよ。家の離れにあるんだ~」

「ラボなんてあるんですか」

「うん。発明してたら家の一部を破損しちゃってさ、姉ちゃんが“ここ以外で実験しないように”って小さい離れを建ててくれたんだ」

 やってることは学園とほぼ変わらず。しかしラボを建てるほど敷地があるってすごいな。

「それにしても、離れを建ててくれるなんて優しいお姉さんじゃないですか」

「確かに姉ちゃんは俺の自慢の姉ちゃんだけど……怒ると隼人と法哉をあわせて倍増させたくらい怖い」

 どうやら、あのときの俺の印象は間違っていなかったようだ。



 そして寮に戻る前日。俺はお姉さんから“ご苦労さまでした。来年も待ってるわね”とバイト代をいただいた。その金額に思わずおおおと内心のけぞったのは内緒である。

 俺はこのとき、まさか3年間冬休みにここに来ることになるなんて微塵も思っていなかったのだった。

これにて当作品の年内更新は終わりです。また来年お付き合いしてもらえると嬉しいです。

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