9:天野先輩に連れられて(前編)
後編は明日12/20(日)20時に公開予定です。
2学期の終業式が終わった後、両親に近況報告をする。
「ねえ千紘、おじいちゃんのところで過ごせばいいのにどうして寮に残るのよ」
「寮長にここでの年越しの話を聞いてから、一度は寮で過ごしたかったんだ」
「千紘、なんか寮に入ってしっかりしたよなあ」
「……そうかな。まあ、しっかりしなくちゃいけない状況というかなんというか……」
父さんがしみじみと言う。うちの親、息子が“落ち着いた環境で楽しい学生生活”を過ごしていると思ってるんだもんなあ。楽しいのには間違いないけど落ち着いてるかどうかは微妙だ。
両親との会話を終えた頃、“助手~”と天野先輩が顔を出した。
「どうしたんですか、天野先輩」
「助手、とりあえず1週間分の服と学校の課題とノーパソをまとめておいて。20分くらいたったらまた来る!」
「はっ?なんで…」
天野先輩はそれだけ言うとまたドアを閉じた。俺の質問に対しての答えはないのか?ていうか20分くらいってなんだ?あの人のばあい冗談じゃなくほんとに時間がたったら来るし…とりあえず、準備しとくか。よく分からんが。
必要なものをバッグにつめおわった頃、再び天野先輩が顔を出した。
「よし、準備終わってるな。財布と電話は持ったか?」
「はい、持ってますけど…ってえええっ!何すんですかあ」
「さあ、行くのだ~!!」
俺は天野先輩に腕をつかまれて、ずるずると引きずられていったのだった。玄関で待っていたのは会長と寮長に木ノ瀬先輩、青木先輩に西月先輩…なんだこのオールスター感。
「佑、泉さんによろしく言っといて」
「澤田くん、いろいろ頑張っておいでよね」
「ちーちゃん、がんがん稼いでこいよな~。しっかし、まるで売られる子牛のようだな」
「寮長、そのたとえはぴったりですが失礼ですよ」
「澤田くん、風邪ひかないようにね。諦めが肝心なときってあると思うよ」
「じゃあみんな、また来年な!助手、さあ行くぞ」
「だから何がどうなっているんですかああ~」
どうして誰も止めないんだあああ!泉さんて誰。俺の味方(のはず?)の修吾はとっくに実家に帰るからって寮にいないし…ううう、俺、どうなる。
天野先輩は唐突だけど悪い人じゃないし、まあ今さら祖父母の家にも寮に戻るのも面倒になってきたので腹をくくったのは駅についてからだった。
そこから電車を乗り継いで到着したのは北陸地方の温泉郷の名前がついた駅。
「さあ到着~。えっとー、迎えに来てるはずなんだけど~。あ、いた!姉ちゃん、こっちー!」
天野先輩がきょろきょろとし始め、どうやら目当ての人を見つけたらしく大きく手を振った。姉ちゃんってことは天野先輩のお姉さんか…どんな人なんだろ。というか、お姉さんは俺が存在してることを知っているのだろうか。
すると、先輩が手を振った方向から現れたのは、髪が長くてスラリとしたきれいな女の人だった。歩く姿はきびきびとし、周囲の人がはかったように道を開けていく。どこの女王様だ、と思ってしまった。
「佑、夏休みいらいね!で、きみが澤田くんね?」
「は、はいっ。こ、こんにちは」
「こんにちは。初めまして、佑の姉の天野泉です。遠いところをようこそ、疲れたでしょう。今日はお客様でいいけれど明日から頑張ってね」
「え、ええと。あのいったいなんのこと…」
俺の戸惑った返事を聞いたお姉さんが、あらという感じの顔をしたあとふふふと笑って天野先輩に視線をうつした…あの笑顔…大久保会長を思い出す。
「…佑。澤田くんに何も話していないのかしら」
「う…えっとお、助手を驚かせようかな~、って思って。え、へへへへ」
「……なるほど。澤田くん、ごめんなさいね。うちに到着したら佑がきちんと説明しますから、とりあえず移動してもいいかしら。ここは寒いわ」
確かに駅は寒い。俺たちはお姉さんに連れられて迎えの車に乗り込んだ。
佑の実家があるあたりは石川県にある温泉地をイメージしてもらえると幸いです。




