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壊れた極彩色  作者: 州川良心
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薄亀愚連

第三章 薄亀愚連


「……お…い…おい…おい治…夫…」


声が聞こえる。壊れたラジオのようにノイズ混じりの重低音が頭に鳴り響いた。途切れ途切れではあったがその声の主はばけやんである事は理解できた。

朦朧とする意識の中漆黒の視界に一筋の光が差し込んだ。

目を開けると目の前に大きくゴツゴツとした輪郭が見えた。そこから滴る汗が自分の額に落ちた。不快であったため顔を両手で覆い起き上がった。日陰であったが以前として蒸し暑く、喉は粘膜すらも蒸発してしまったかのように乾いていた。


「ばけやん…みずを…」


苦しそうに物乞いをする治夫を感情のない視線が刺した。するとばけやんは水筒の飲み口を治夫の口元へ押し込んだ。

やはり舌にあたる水は生臭く鉄の味がしていたが喉を液体が通った瞬間爽快感と清涼感が爆発した。14年生きてきて一番うまい水であった。味はどうでも良かった。とにかく水がうまかった。生ぬるい水は治夫の細胞一つ一つを駆け巡り吸収されて行った。まるで細胞レベルの全組織が射精しているかのような快感に襲われた。

しばらく水を飲み続け水筒が空になってようやく治夫はまともに話せるほどに回復した。


「ふぅ… た 助かった…こんなにうまい水は初めてだ。もしこれがキンキンに冷えたソーダだったら俺は快感のあまりショック死してただろう…」


治夫は息を大きく吐いた。それは冗談ではなかった。炭酸水の刺激が無防備な喉に突き刺さる事が容易に想像できたのだ。


「お前。急に倒れたな。30分は魘されてたぞ。」


快感に酔った治夫の顔を覗きばけやんは水筒を麻袋の中へしまった。


治夫はまずいと思った。


「そりゃあやばい!!約束の時間まで5分もねえんじゃねえか?あと何分で到着する!?」


「其処だ」


ばけやんは巨大で歪な右手を後方へ向けた。その歪んだ指先に一軒の古びた家が立っていた。

木造で年季の入ったその家は右斜めに傾いており安定感がなかった。おそらく大黒柱が腐っているのだろう。なんとも不気味なその家の主は依頼人である脇本忠であった。

脇本は妻と息子の三人ぐらしであった。かなりの晩年出産、ようやくできた子供であったため二人は一人息子のオサムを非常に可愛がっていた。


しかし一週間前、オサムは7歳の誕生日であったその日に遺体となって発見された。第一発見者は隣村の狩人グループであった。山中で猪狩りをしている最中一人が異臭に気付きその匂いのする所へ向かった。

するとそこには人間の、しかもまだ幼い少年の頭部のみが太く鋭い木の幹に突き刺さっていたのだった。


顔はこの世の物とは思えない何かに出会ったかのような恐怖と苦痛にゆがんでいた。

鼻には膿んだ葡萄のような固形物がへばりついていた。と言っても鼻は完全に削ぎ落とされており原型は無かった。

両目の周りではどろっとした液体状の物質がガラス玉のように輝いていた。恐らく殺害される前に鋭利な刃物で両目を潰され

硝子体やら視神経までをグチャグチャとかき混ぜられたかのようであろう。完全に潰れた右目には網膜らしき灰色の膜が掛かっていた。

唇も毛細血管が見えるほどに深くえぐられていて中の歯も残り2本ほどしか残ってなかった。

深く割られた頭部から滴る脳味噌はスポンジのように泡立ちがよいのか気泡が多く含まれていた。黄色く粘っこい脂肪の白身も混じった液体からは異様なほどの悪臭が立ち込めていた。


脇本オサム


当時七歳の悲惨すぎる死は地元新聞やローカルテレビで報じられた。しかし全国区とまではいかなかった。なぜなら脇本一家の住む地域は代々から被差別部落であるとされ地元住民から隔離されていた。なので地元メディアは報道規制をかけてこの事件をシャットアウトした。警察も部落の問題は自分たちで解決しろと言わんばかりの対応であった。

オサムの悲惨な死のニュースは翌日の人気アイドルの不倫報道により一気に世間から忘れられていった。

被害者遺族である両親、忠とハツは泣き寝入りを迫られつつ墓地に唯一残ったオサムの頭部だけを土に埋めて喪に服した。


それからというものさらに部落のイメージも悪くなり、誰も其処へは近寄らないようになってしまった。


その部落からちょうど1キロほど離れた村にばけやんと治夫は少年惨殺事件が起きた翌日に訪れたのであった。

駄菓子屋の前の地面に「何でも屋」の看板を掲げて2人は座り込んだ。

そのまま特に依頼もなく居座り続けて六日後。駄菓子屋の主人や通行人に嫌味や悪口をしつこく言われ始めたので立ち退こうと思った矢先、一人の老人が訪ねてきた。


「な…何でも屋っちゅーのはここかいな?」


老人は弱々しい声で尋ねた。見るからに死相が浮かんだ表情には氷のような冷たさが垣間見得た。


「そうだ!」


治夫が胸を張って答えた。久々のお客様ということもあっていつもより元気に受け答えをした。


「お前ら…本当に何でもしてくれるのか…?」


老人が目を少し開き尋ねた。救いを求めているようにも見えた。


「おうよ!ただし依頼料は高えぞ!ケースバイケースだけどな!」


すると老人は頭を上下にゆっくり動かして返答した。


「ならば……明日の夕方までに…隣村の公園裏の墓地…から頭蓋骨だけを掘り返してくれ…礼はいくらでもする…」


老人が震える小さな声で依頼要求をした。

治夫はこのような意味もわからない、意図も掴めない依頼に困惑したが、「何でも屋」というプライドに恥じないように胸をさらにピンっと張り言い放った。


「了解だ!じいさん。俺らが明日の夕方までに届けてやんよ!」


すると間髪入れずに老人が反応した。どこか嬉しそうであった。


「そうか…なんとも頼もしい少年じゃ……そうじゃ。…これが私の家への地図じゃ…受け取れ」


老人は古びたコートの中から一枚の紙切れを渡した。治夫は手を伸ばし受け取った。

ギリギリ読み取れるほどの薄い地図であった。


「では…楽しみにして待っとくぞ……」


そういうと老人はとぼとぼと足を引きずりながら去っていった。


治夫は頼りにしていると言われ有頂天になっていた。

しかし隣で会話を聞いているはずのばけやんはピクリともしなかった。


しかし治夫はばけやんの今までにないほどの緊張、不安感を感じ取れたのだった。


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