第零話 天使と悪魔
――その人物は、病院内をぶらついていた。
数分前、院長へ新薬投与の許可と協力を取り付けようと話をしたのだが、にべもなく追い出された。
……人間用の薬を実験動物に使ってもその効果が実際の人間に確実に現れるか分からない。同様に健康な人間に使っても病人に効果があるか分からない。ならば直に患者に使えば時間と薬物のロスも少なくなるのに。
「人はダメで動物はオッケーとか……人間も動物じゃないんですかねー? あーあー動物かわいそー」
とても可哀想だと思っている様に聞こえない風に、棒読みで呟く。
仕方ない、帰ろうかと足を動かした時。
「――院長の娘さんでしょう……?」
という声が聞こえた。
側にある休憩室の入口の横、患者や見舞い客の姿が見えないのを良い事に、複数の若い看護師が喋っていた。
「お見舞いに来た娘の友達追い返すとか……」
「でもさ、下手に会わせて何かあっても、ねぇ」
「それはあんたが対応したくないだけでしょ」
ひそひそと、しかし止める気の無さそうな会話が続く。
そうして人気が無くなるまで立ち聞きして分かったのは、院長の娘が悪性腫瘍に蝕まれ摘出できない場所にまで転移しており手術ができないまま入院しているという事。
病室の場所まで分かったのは運が良いのか悪いのか。
自分にとっては前者、院長の娘にとっては後者だろうと思いつつ、目的地に向かって歩き出した。
――そうして、悪魔は天使を唆す。




