天使が堕ちる時
「――貴方の事を、信じていたのに」
――とある屋敷の、塀に囲まれているとは思えない程に自然の雰囲気を醸し出す庭の中で。
目の前の女性は、静かに涙を流し、声を震わせ高也に言った。
「……暁さん……」
高也は何かを言おうとしたが。
「――知ってるのよ」
と暁の突然の鋭い口調で遮られた。
「貴方が犬や猫を襲っていたのは、最初はただのストレス解消。でも、最近は琉哉に見立てて襲っていた。――違う?」
「…………」
違わない。
『黒翼症』という病に侵されていると知った夜、当てもなく家から飛び出した高也は、ふらりと目の前で徘徊していた犬を虐待した。
既に弱っていたのか、あっさりと動かなくなったその身体を見て、加虐心が芽生えた。
暁に出会ったのは、数日後の月夜の下。
白いワンピースに黒く長い髪が風で揺れ、月に照らされたその姿はまるで――。
まるで天使か女神の様だ、と高也は思った。
そして自分より弱い存在を探し求める自分自身が、とても穢らわしいモノの様に感じた。
だからこそ、気になったのかもしれない。
高也からの一方通行の視線に、暁はすぐに気付き、声を掛けてきた。
『貴方も、何か悲しい事があったの?』
何故そう聞かれたか分からなかったが、それでも高也は首を横に振った。
『でも、泣いてるわ』
そう言われて、涙を流していた事に気付いた。
――話をして、彼女は自分と同じ病に侵されていたと知った。
……そして、『翼』を切り取って三年間、生き続けている事を。
最初は、羨ましいと思いつつ、自分は彼女の様にはなれないと思っていた。
その思いを覆したのは、
『ねえ、『縞朔標』って名前の子、知らない?』
と何故か同級生の名前を、彼女が興味深そうに聞いてきたからだった。
知り合いの医者が、誰かに掛けた電話で三年ぶりに友人の名前を出したのを屋敷で立ち聞きしたのだと言う。
その時同じく医者が口にしたのか標の名前だった。
どうやら彼も自分達と同じく罹患していたらしい。……そして、『翼』を切り取る事無く亡くなったのだと、途切れ途切れの会話で察した。
明らかに、彼女は興味を持っていた。
自分よりも気になるのだろうか、と高也は思い――同時に不安が押し寄せた。
もう、自分は必要とされないのだろうかと。
たから。
『僕が貴女の友人を探す手伝いをします。だから、僕を貴女の側に置いてください』
その為に。
表向きは決意の証として。
本当はただ、彼女の側にいたくて、彼女と『同じ』になりたくて。
高也は『翼』を切り落とした。
――それを、彼女は全て知っていたと言うのだ。
「貴方は私と『同じ』になりたいのでしょう? 翼を切り落としたなら、次は『天使』として、地上に降りなくては」
「『降りる』……?」
「そう。そうすれば貴方は自分が『天使』になったと理解できる。――大丈夫よ。私が今ここにいる事が何よりの証拠だもの。……ねぇ? 私の側に、いたいのでしょう……?」
その言葉に。
――既に彼女の言葉しか聞こえていない彼は、堕天使の誘惑に逆らえなかった。




