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黒い翼と出合いと別れ 35

 ――そして掟と琉哉は見慣れたアパートの前に到着した。


「じゃあな」

 言って、掟は踵を反す。


「あ――掟君!!」


 躊躇った声の後、琉哉が呼び止めてきた。


 掟が振り返ると、


「その……標君に会わせてくれて……えぇっと、ありがとう?」

「ありがとうの大安売りか」


 皮肉を言うつもりではなかったが、つい口から出てしまった。


 というか、何故自分に対しては躊躇いがち、しかも疑問系での発言なのか。


「いや、軽い気持ちで言ってる訳じゃないんだけど……」


 困った顔で琉哉が言う。


 その表情を見て、何故か病室での標と琉哉のやり取りを思い出す。


 結局二人の話を聞いているだけで、口を挟む事はできなかった。


 標すら気付かなかっただろうが、その時自分が浮かべていたのもきっと同じ表情だ。


『こんな場面に何も口に出す事ができないのか』という自分に対する不甲斐なさ。


「……忘れんなよ、標の事」


 念を押すまでもないだろうが、とりあえず。


 自分には何もできる事がなかったという後ろめたさを誤魔化すように、掟は言った。


 不意の掟の言葉に琉哉は一瞬虚を衝かれたようだったが、


「……うん。絶対に忘れない。標君の事だけじゃなくて、掟君の事も、巡ちゃんの事も」


 忘れたりなんかしない、と言い。


 琉哉はやっと、掟に対して微笑んだ。

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