黒い翼と出合いと別れ 32
琉哉の膝の上、手の甲にぽたり、と何かが落ちた。
「――――っ」
その正体に気付き、慌てて手を上げようとしたが、標が琉哉の頬に両手を添える方が早かった。
「え、ちょ、しるべくんっ!?」
突然の事に琉哉の声が裏返る。
「兄さん何してるんですか」
すかさず巡が突っ込む。
「いや、ハンカチ持ってないからさ」
言いながら標は琉哉の頬を両手で擦る。
体温の低い、力のない掌で。
「標君――」
「それは逆に琉哉さんに失礼です」
あっさりと巡は言い、標の手を外すとスカートのポケットからハンカチを出し、「どうぞ」と琉哉に向けた。
「あ、ありがとう」
迷ったが、素直に受け取る事にする。
ハンカチを受け取ろうとした琉哉の手が巡の手に触れた。
その手は冷たく、震えていた。
思わず琉哉が巡を見ると、頬を赤くし、手を引こうとした。
反射的に巡の手を掴む。
……大丈夫な筈がない。
家族がもうすぐ死ぬのだ。
巡の手を、琉哉は両手で挟み込んだ。
「……ありがとう」
自分の方が悲しいだろうに、こんな、急に現れた人間に優しくしてくれて。
そんな思いが、少しでも、伝わるだろうか。
琉哉の言葉に、巡は黙って頷いた。
それから琉哉は標を見る。
「まだ、無理かもしれない。……でも、考えてみる事にする」
涙の残った顔で、ぎこちなく。
「……生きて、みるよ」
それでも琉哉は、微笑んだ。
――それが、標と琉哉の、最後に交わした会話だった。




