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戦いの大地  作者: 深海聡


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6/6

白と黒を擦りぼかしたような

「君は、それに白黒つけられるの」


 今となっては、それは質問ですらないと思っている。

 答えが出ている問いを投げ掛けるのは、その先に続く言葉が決まっている場合だけだ。

 いつでもどこか遠くて近い場所を曖昧に見つめている視線は、私を見ない。

 私と合うことのない視線は、いつでも私を通して過去の、未来の、無数の可能性を見通している。

 だから私は。



 真っ黒な空に、無数の星が散りばめられている。

 これを帳と誰が言ったのか。

 想像力を掻き立てられる言葉だが、私の空っぽになってしまった心には今ひとつ響かない。

 星明りにぼんやりと浮かび上がる道を行く私が踏みしめるのは、枯れた木切れなのか、それとも朽ちた何某かの骨なのか。

 その白さを目の端で確認した後は、興味をなくしてしまったからそれさえも分からない。


「この世界は美しいか、か」


 死んでいないから生きているような私には、何の意味も成さない言葉だ。

 こんなことになるなんて、誰も想像しなかっただろう。

 真っ暗な、生き物の気配がしない森を彷徨いながら私はひたすらに自分自身の過去を、未来を、潰えた可能性の全てを呪い、毒づいた。

 指先から滴り落ち続けている血が、今感じれられる温度の全てで。

 何の意味もなく、ただ前へと歩み続ける。

 足を止めれば死んでしまうかのように、あるいはゼンマイ仕掛けのおもちゃのように決められた歩幅、決められた速度で進み続ける。

 追手はもう存在しない。

 敵も味方も、突然目の前で起こった爆発が全て一緒くたに消し去ってしまったから。

 暴走した力が全てを飲み込んでいくのを、じっと見ているしかなかった無力さに、何もできない自分自身のちっぽけさに涙さえも出ない。


「……その答えに、今更何の意味があるというのか」


 よろけた足が止まり、限界だった膝が折れて顔から地面に倒れる。

 土が口に入り込んでも、むせて吐き出す力さえも残っていないらしい。


『――アレイン』


 静かな声が、全てを見通す目を持つその人の霊がゆらりと現れる。

 その命をもってアレインにかけられた呪いを解いたその人は、アレインの目をじっとのぞき込む。

 闇に溶け込む黒髪と、黒にほど近い深淵の青の瞳は、恐ろしいほどの吸引力と深みで、彼を惹きつけた。


『どれほどの苦しみに押し潰されても、もう限界だと思っても、君は立ち上がらなければならない』


 その瞳が持つ力に、彼は初めて師匠がなぜ自分と目を合わせることがなかったのかを知った。


『この目は災いであり、祝福でもある。ありとあらゆるものを見通し、人の心を狂わし、惑わす力を持つ。だから、これは最初で最後だ』


 視線を合わせたまま、その人はありとあらゆる人を魅了する、冴え冴えとした月の美貌に花のような笑みを浮かべた。


『君は、君から全てを奪い去るこの残酷な世を生きろ。いつか私と同じように君の信念に殉ずるまで。その命は、守るべきもののために使うんだ。それまでは何があっても――生きろ』


「師匠」


『君の運命を変えることの出来ない、不甲斐ない師匠で済まない』


 その瞳から零れ落ちる大粒の涙を、この世に存在しないはずのその輝きをアレインは美しいと思った。

 降り注ぐその輝きに、枯れ果てたはずの心が満ちてくる。


『私の願いを、思いを君に託すよ』


 スルスルと、その存在が解けていく。

 全ての理を見通す力が解かれて、彼が消し飛ばしてしまった大切なものが戻されていく。

 それは、美しく、悲しいほどの愛で、思いで、犠牲で。


「師匠、ししょう、まって、待って、ください。それは!」


『大丈夫。見えなくなっても、消えない。形を失い、何もなくなっても、私はこの世界に存在する』


 するりと、頬の輪郭をたどるようになでた指先が消えて、夜空は何ごともなかったかのように星が煌めくばかりだ。


『ね、君はこの世界を愛するしかないだろう?』


 満足げな笑いを含んだ声が、聞こえる。

 まるでずっとそういう結末を描いていたかのように、満足げに。


「ああ、確かに」


 アレインは、土まみれになって真っ暗な森で夜空を見上げる。

 その視界に滲む夜空は、星の光と夜の闇を擦りぼかしたように滲んでいて。


「師匠。この世界は、白黒つけることなどできそうにありませんね」


 アレインは、涙が零れ落ちないように空を見上げる。


「おーい、アレイン! 無事か?」


「いたら返事しろよー!」


「ちょ、こっちで合ってるのか?」


「うん、間違いない」


 背後から響いてきた兄弟子たちの騒めきに、堪えていた涙が零れ落ちる。

 きっと、あの声に応えれば色々なことが都合よく辻褄合わせされた世界に、アレインは戻れる。

 自分自身の存在を捧げて、それがあの人が望んだ対価だから。

 きっと、それを後を託されたアレインだけが知っている、それはそういう世界だ。

 たったひとつの特別を対価とした、その世界は。


「それでも――美しいのですね」


 あなたがそう望んだから。

 あなただけが欠け落ちた世界で、私は――。

 アレインは、望まれたように笑みを浮かべる。

 それだけが、託された意味であるかのように。

 そして、一歩を踏み出した。

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