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戦いの大地  作者: 深海聡


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月のない夜は赤き炎の天焦がす

「先に行け! 早く!!」


 剣戟と、火花と、時折飛んでくる爆発の術式を搔い潜り、走り出す。

 後ろは振り向かない。

 その時間があれば、たどり着かなければならないから。

 この先にいる、私を待つ人の元へ。

 あちこちに火の手が上がり、敵と味方が入り乱れる。

 月のない夜の闇を焦がす紅蓮の炎は、善きものも悪しきものも等しく焼き尽くす。

 これは破壊であり、殺戮であり、祈りも願いも届かない。

 上がる息をそのままに、炎の熱と殺戮の空気に肌を焼かれながら走る。

 この先に、その人はいるから。





「開けてください! お願い、ここを開けて!」


 固く閉ざされた大扉を叩き、声を限りにグローアは叫んだ。


「お父様、お兄様、民たちが! 里が燃え落ちてしまうのです!!」


 要領を得ない、切れ切れの単語に、必死の呼び掛けに大きな金属の扉はピクリともしない。

 有事の際の逃げ場として、あるいはこの先の作業場で万が一毒が発生した場合のために外側から開けられぬよう施された封印の術式が発動されている。

 どうにかして扉を開けようと扉に手を掛けようとしたグローアは、さっと顔を青ざめさせた。

 無理に破ろうとすれば、どうなるか分からない。


「グローア……。こちらはもう、駄目だ。毒が回っていて、開けることができない」


 苦しそうな兄の声が、最悪の事態を突き付けてくる。


「民の裏切りだ。炎の術式でどうにか毒の浸食を防いでいるが、もう保たない」


「ですが、それでは浄化が!」


「破られてはいけない封印が、破れた。我らはもう、無理だ。お前だけでも逃げなさい。持ち出されてしまった分が人々を狂わせている。こうなれば、もう里ごと封じるしかない。土の一族の強固な封印であれば、あるいはあの毒が弱まるまで持ちこたえるかもしれない。だから、閉じられてしまう前に、お前は……」


 この里の奥深くには、古代の毒――強固な呪いが封じられている。

 それは竜族の限られた者たちだけが知り得る秘密であり、僅かな量であれば火の竜族の扱う炎の浄化の力で焼き尽くせる程度だった。

 だからこそ管理を任され、この里で長い間封じられてきたのだ。

 それがどのように歪められたのか、貴重な宝を竜族が民と分かち合わず、溜め込んでいると誤った噂が流布され、それに踊らされた民が武器を手に押し入ってきたのが発端。

 グローアは、目をギュッと閉じて、拳を固く握る。

 やっと分かった。

 人間たちはどこまでも強欲で、求めてばかりで、その欲望は際限を知らない。

 民たちの長らがおかしな動きをしていると思ってはいた。

 それを見過ごしたのが、今になってこんな形になって返ってくるなんて。

 結い上げられた燃えるような赤髪は、走り回るうちに解け落ちて見る影もない。

 飾られていたはずの髪飾りも、どこかへ落としてきてしまったらしい。


「解き放ってはいけないものを、お前たちは手にするのね。これは手にする者を蝕み、狂わせる毒。そんなものを、宝と勘違いして解き放つなんて……」


 グローアは、零れ落ちた涙を乱雑に拭い、顔を上げる。

 今は、ここから出なければならない。

 いつの間にか、燃え広がった炎が消え、不自然なほどの静けさが辺りを満たしていた。

 逃げられる者は逃げ、後に残されたのは物言わぬ躯だけなのだろうか。

 深い赤の瞳が、闇の向こうを透かし見ようと細められ、そんな感傷を振り払うように頭を振る。

 後ろ髪を引かれる思いで扉を振り返っても、もうそこからは誰の声も聞こえない。


「――これはどういう状況なのだ?」


 心底嫌そうに口元を覆い、吐き捨てられた言葉にグローアは声の主を呆然と見つめる。

 大地の色の肌に黒髪黒目。しなやかな獣のような強靭な体躯の男が、グローアを見下ろす。


「アルド様……民が、封印を解き、毒にむしばまれた者たちが相争った結果でございます。どうにか、大扉の向こうにいる父と兄を救う術は」


「……こうなっては、成す術などない」


 ギリリと、アルドは歯を食いしばり、無情な現実を告げる。

 その言葉に、グローアはそっと目頭を押さえ、そして静かに笑みを浮かべた。


「やはり、左様でございますか」


「こちらへ。封印を重ね掛けする」


 やや強引に手を引かれ、よろめいたグローアをそのまま自身の背後に押し遣って、アルドは扉に素早く多重の封印を重ね掛ける。

 それが終るか終わらないかのうちに、扉の内側から、轟音が響く。

 誰かが扉を打ち破ろうといている。

 その状況に、グローアは息を忘れた。

 重要な封印を打ち破ろうとするなど、普通であれば起こり得ない状況。

 それがどんな意味を持つのか、理解したくなかった。

 重ね合わせた両手を、グローアは強く握りしめて湧き上がる動揺を抑え込む。


「――行くぞ」


「はい」


 去り難い様子のグローアの手を取り、アルドが強く引く。

 抗うことなく手を引かれるままに、アルドが作り出した封印の裂け目を潜る。

 そのまま穿たれた空間を潜り、安全な場所まで導かれる。


「ここまで来れば、大丈夫だ」


 アルドの言葉に、グローアは零れ落ちそうな涙を堪えるために空を見上げた。

 月のない深い闇夜。

 その闇夜に溶け込みそうな色彩を持つ男が、グローアの手を引き、その身を腕の中に抱き込む。


「泣いていい。涙が尽きるまで、このまま」


「泣きません。そんなことよりも、この先の方が大切でございます。幾代重ねようとも、あの封印を安全に解くことができるまで、私は結末を見届けなければならないのですから」


「そうか。であれば、私も幾歳でもそれを見届けよう」


 アルドは低く呟き、闇夜に照り映える紅蓮の炎を見上げる。


「なぜだろう。これほどの厄災が天を焦がすとも、この紅は我が心を焦がして止まない」


 グローアは、複雑な気持ちのままにぎこちない笑みを浮かべ、アルドの腕に身を委ねる。

 強い炎の浄化と、封印の力を併せ持つ存在を、心に描く。


「必ず」


 燃え広がった厄災の炎は、時に人の心に潜み、絶えたように見せかけながら幾度でも燃え盛り、多くの命を巻き込んでこの世を焦土と成そうとするだろう。

 あれはそういう毒であり、呪いであるのだから。

 だからこれは、生存のための戦いであり、浄化の旅路であり、果ての見えない繰り返す悪夢。

 それでも。

 必ず、紡がれる時の果てに誰かが成し遂げるだろう。

 途方もなく、終わりの見えない負の連鎖を連ねた先に。

 それでも。


「最後に勝つのは、我らだ」


 アルドは挑戦的な笑みを浮かべ、その笑みにグローアは、我知らず見惚れた。

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