1-6
投稿し直す前の5話を読んだ方はすいません。ひとつ話を飛ばしていまいました。もう一度1-5を読み直して下さい。m(_ _;)m
飼育棟は飼育の難度、授業に利用する学年、羽や爪などの魔術に使う媒体などの消耗する備品の採集用、等の基準でいくつかの部屋に分かれている。今まで作業していたのは備品の採集用に飼育している生物が居る部屋で、2階の割と奥の方の部屋だった。
リコリスは小走りで1階へ続く階段を降りようとしたが、そこで階段の手前にあった窓の外から声が掛かってきた。
「罰掃除はもういいのか?」
リコリスはその声を聞いて足を止め、嬉しそうに言葉を返した。
「あ。クーちゃん」
「クーちゃん言うなっつてんだろうが!俺にはちゃんとクラウドという立派な名前が」
「はいはい。で?クーちゃんこそどうしたの?何かあった?」
「人の話は最後まで聞け!」
「何かあったの?」
「・・・別に。お前があの2人に罰掃除を押し付けるなんて珍しいと思っただけだ」
リコリスのマイペースっぷりにざっくりと勢いを削がれたクラウドという声の主は、はああと年季の入ったため息を吐いてリコリスの言葉にそっけなく応えた。
それを聞いてリコリスは、一人で勝手に納得した声を出した。
「やっぱり。クーちゃんも何か見かけたんだ」
「何の話だ?」
「何か見かけたから私の様子を見にきたんでしょ?そうじゃなかったら、クーちゃんがわざわざ来たりしないよね?」
「だから、何のことだ?」
「そっか。じゃあ、私は気になる事があるからちょっと外に出てくるから」
そう言ってリコリスはスタスタと歩き出した。
「・・・ああもう、わかったわかった!!言えばいいんだろ!!!・・・さっきから何かが逃げ出したらしくて、研究員らしい奴らが走り回ってる」
頭を抱えているような声でリコリスは振り返った。クラウドは続ける。
「で、その捕獲用の装備が、ただの研究用の飼育動物が逃げたにしては地味に立派だ」
「それは地味なの立派なの?」
網は元々地味だよね、というニュアンスを含めて問い返した。地味な立派な網。何かのクイズのようだ。網に地味な立派を目指すマニア。・・・普通の変態より近寄り難い気がする。
「見た目は普通の網だが、さりげなくオルハリコンが織り込まれてやがった。っていうか、アレは聖騎士団の装備の流出品臭かった」
その言葉を聞いたリコリスは、いつもの笑みを浮かべていたが、クラウドは思わず軽く背筋を伸ばした。
「へーえ?」
「魔方陣のクセとかが似てたし、網の重しに何かを削ったような跡があった。紋章を消した様に見えた」
「・・・確かなの?」
「俺が見間違えるとでも?」
その問いかけは疑問形ではあったがただの確認だった。それはクラウドも分かっていたようで、特に気分を害すわけでもなく、ふふんと得意げに鼻を鳴らしながら言葉を返し、話を続けた。
「王立だから、院は王室直属の研究所とも提携してるし、騎士団のお古を持っててもありえなくはないが・・・」
「あの聖騎士サマ方が、王族から賜った品をお子様のお勉強用の為に上げたりするかな?」
「・・・」
「ありえないよねー」
リコリスはくすくすと、まるでとっておきの悪戯を思いついたように、それはもうにこやかに笑った。クラウドからは、リコリスの目は見えない。けれど、さっきから感じていた不幸の予感がさらに強くなった気がした。
「で、そんな貴重品使って捕まえようとしてるのは十中八九、戦闘能力の高いモノだよねー・・・」
「特殊な精神系の魔物とかって可能性もあるだろうが」
「もちろんその可能性もあるけど、後はまあ・・・。あ。クーちゃん、その見かけた網持ってた人は白衣の人だけだった?他にはいなかったの?」
「ああ。居なかった。それがどうかしたか?」
「うらなりさんな研究職の人だけが走り回ってるなんておかしいよねー・・・」
「研究職の人間なんて専門以外の常識はないアホばっかだろ。経費削減で警備を削っててもおかしかねえ」
その言葉にリコリスは、顔に苦笑めいたものを浮かべた。うっかり笑いそこなってしまったようなものを。
「・・・なんだ」
「わかってるくせに。クーちゃんが何言ったって、私は首を突っ込むからね」
「お前なあ!」
「ここは王のお膝元。正規の研究なら、万全を期して警備を付けてるはず。有能かどうかは別にしてね。それがお上の組織だもの。それなのに一人も見かけないなんて、違法研究してました、って言ってるようなものよ」
「・・・決めつけなくても良いだろ」
「大丈夫。クーちゃんが何を言ってもすることは変わらないから」
「それのどこが大丈夫だ!」
「だって、今回はホントにどうしようもないもの。さっき何かの破壊音が聞こえたのよね。扉が砕けたような・・・」
「マジかよ!それを早く言え!超重要だよな!?それ!!!」
「と、いうわけで様子を見てくるから、もしこっちに来たら奥の2人をよろしく」
「・・・めんどくせぇ!」
「お願いね~」
リコリスはいつも通りの何を考えているかわからない、掴みどころの無いのほほんとした笑顔を浮かべ、そう言って走り去ろうとした。
「リコリス」
クラウドはその背中に声を掛ける。
「ん?」
「気をつけろよ」
リコリスはその言葉をかけられると一瞬だけきょとんとして、今度はまるで小さな子どものような、無防備で、とても嬉しそうな笑顔を浮かべて応えた。
「・・・はーい」