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「はい。ということで、放課後です。今日は授業が早く終わって、一般的な学生ならこの時間を有効に使って遊び倒すところですね」
ジャンは右手の拳を軽く握って口元で構え、マイクを持ったリポーターのように、しかしリポーターとしては落第なのっぺりした平坦な声で言った。
「だよね~。私も今日は街で食い倒れる予定だったんだ」
「私は、時間があるときにゆっくり読もうと思って取っておいた本を読もうと思ってたな」
「何の本?」
「えーっとね、『魔草の取り扱い事典』っていうの。魔草に関する事故事例がたくさん載ってて面白いの!ただ、ちょっと載ってる魔草の種類がちょっと少ないんだけどね」
「あー、あれ?この前薬学の先生から借りてきた、分厚過ぎて片手じゃ持てなくて、しかも全10巻あった」
「うん。その本だよ」
そのジャンの台詞に答え、しかしそのジャンをそっちのけでリコリスとミューはほのぼのと雑談を交わした。年頃の女学生が仲良くほのぼのしている光景は大変なごむが、今のジャンには逆効果だった。胡乱な眼で2人を見ながら声を絞り出した。
「化け物だ・・・ここに、青春を、そんな開く前に寝てしまいそうな本の読書時間で浪費する化け物が・・・。って!そうじゃねえ!俺が言いたいのは!何で俺が薬草学の授業中爆睡してたお前のとばっちりを受けて飼育棟の罰掃除を手伝わなけりゃならねえんだ!」
3人が居るのは、学園内の魔法生物飼育棟の一室。本日最後の授業で寝ていたので罰掃除を言いつけられたリコリスに巻き込まれたジャンは、勢いよく一人でノリツッコミしつつ抗議の叫びを上げた。
「んー。・・・頑張れ☆」
「んなウインク付きのぶりっこ的な仕草なんかでごまかせるか!」
腰の入ったスイングで箒をびしっとリコリスの方に向けながらジャンは叫んだが、当のリコリスはあらこんなところにほこりがとか呟きつつ明後日の方向に体ごと向いている。ミューは、そんなジャンを慰めようと口を開いた。
「でも、授業用以外の魔法生物も見れるから、お得だと思うんだけど・・・」
その言葉自体は正しく、掃除を言いつけられた部屋は複数あったが、その中には授業ではお目にかかる事がない魔法生物も飼育されており、今3人が居る部屋は体の一部が魔術の触媒になるような生物が多く居た。しかし、ジャンはそんな実技以外に興味を持つような真面目な学生でも、モンスターマニアでもない。
「そんな真面目な奴はミルディぐらいしかいないって。授業なんて、魔術の実技ぐらいしかやる気でねえよ・・・」
箒に体重を預けてぐってりしてるジャンに向かって、今度はリコリスが口を開いた。
「そう?私、歴史とか聞いてて面白いんだけど」
「どこがだよ・・・」
「だって、自分が今まで聞いた話と違ってるのが面白いから」
「今まで聞いた話?」
「うん。まあ、私の『家』はいろんなモノが集まってたから」
「そろそろ真面目にしないと、暗くなるまでに帰れないよ」
すっかり雑談に気をとられ、最初に我に返って、3人とも手が止まっていることに気付いたのはミューだった。
「じゃ、そろそろ頑張ろうか!」
「くっそー。早く終わらせて、絶対に買い出しに行ってやる・・・」
「あははー。どうせ碌なモノじゃないのにねー、ミュー」
「だ・か・ら!お前が言うなよ!!!」
そして各々それぞれのテンションで、ようやく作業に取り掛かり始めた。