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リコリスは、ジャンと別れた後走って到着した食堂で日替わりランチセットを5人前あっという間に平らげて、その後さらにデザートを10人前を平らげて、さらに食堂のおばちゃんにサービスしてもらったりんごを授業の直前まで幸せそうにかじっていた。
「ほほろと、ふぁん。ふーひははっら?」
「口にもの入れながら喋るなよ・・・。お前、ほんとに女か?」
「んっくん。それは女性差別だよ。モテなくなるよ?」
「うっせえ!・・・ちなみにさっきの質問だが、見かけてねえぜ」
ジャンは行儀悪く口に林檎を頬張ったままのリコリスの質問の意味を正確にくみ取りながら掛け合いをしていたところで丁度始業チャイムが鳴り、歴史学の教師が入って来た。
「おおー今日も時間ピッタリに来たね~。うん。すごい」
「お前にはできない繊細な芸当だな」
歴史学の教師は歴史一筋50年のベテランで、頑固ジジイと名高い厳しい人物だった。この教師の授業で私語したり、軽はずみなことをするような生徒は『基本的に』いなかった。
そして、日直の号令がかかり授業が始まった。
「まず、今日の授業に入る前に前回のまとめを・・・」
と、教師が言い始めたところで、廊下から慌ただしい派手な音を立てながら駆けてくる足音に続きを遮られた。
教師はまたか、という台詞を眉間の皺で代弁させながら厳しい叱責の声を上げた。年季の入った、厳つい顔つきと相まって、普段ただ喋っているだけでも怒っているように聞こえる威圧感のある声だった。
「遅いぞ!ミュー・ミルディ!」
「す、すいません!変更を知らなかったので!」
名を呼ばれた派手な足音の主は恐縮して頭を下げながら遅刻の理由をたどたどしく言った。
「変更は伝えさせたはずだ!」
「ちょ、ちょうど入れ違いになったみたいで・・・」
「言い訳はいい!さっさと席に着け!」
「は、はい!・・・きゃっ」
そして、少女は盛大にずっこけた。それはもう見事に頭から。教師のの手前、おおっぴらに笑う生徒はいないがくすくすという忍び笑いと教室に響いた。
「嫌よね、これだから『ケダモノ』は」
そして、小声だがそんな声が少女の、猫のような耳にまでよく通った。
「ミュー、教科書は無事?」
そして、リコリスはのんびりと待ち人に声を掛けた。
「う、うん。自分のだからちょっとくらい折れても大丈夫だけど・・・ほら!全然折れて無いよ!」
「うんうん。入学時に比べたら大分受け身が上手くなったよね~。えらい」
「えっと・・・。えへへ」
「ばかっ!何のんきに笑ってんだよ!さっさと席に付け!」
のほほんと談笑していた2人にジャンが適切な警告を送るがそれは遅かった。
「いつまで床に座っているつもりだ!そこで私の授業を受けるつもりか!」
さらに怒気を増した教師の叱責が飛んだ。
「す、すみません!」
「失礼しました」
ミューは恐縮しながら、リコリスはマイペースに返事をした。
「で、どうしたの?ジャンが行ったはずだけど」
「え、えっと・・・。向こうに早めに行って待ってたんだけど、ちょっと席はずしてる間にジャン君が来たみたいで・・・」
「そこ!私語は慎め!」
「はい」
「す、すみません」
リコリスと、リコリスが懲りずに話しかけてした質問に律儀に答えたミューに再び雷が落ちたが、リコリスの方は聞いているのかいないのか、堪えた風には全く見えなかった。教室にも、ああまたこいつかこりねえな、という雰囲気が濃厚に漂いだした。
「あー。では、今日の授業に入る前に前回のまとめを・・・」
毎度変わらないリコリスの飄々とした様子に、今日もどっと疲れを感じながら、歴史を語って50年の老教師はやっと本日の授業を始めた。