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「こりねえなあ!リコリス!」
教員室から小走りで廊下を進んでいたリコリスに、茶髪の少年が親しげに声をかけた。
「あ、ジャン」
「今度はどうやって先公泣かしたんだ?」
「別に泣かしてないよ。ちょっと実験に失敗して、派手に小さな爆発が起こっただけ。煙も出たから涙目にはなってたけど」
派手な爆発が小さいって言えるわけ無いだろう、とラグン教師が聞いたら涙目になりそうなことを真面目な顔をして言うリコリスを見て、ジャンと呼ばれた少年は、茶目っ気たっぷりに腕を組んだ。そして、海千山千の老学者をイメージしてしかめつらしく顔をしかめながら言った。
「ふーむ。なるほど。それはそれは、とーーーーっても小さな爆発が起こったわけですな。別棟に居た俺の耳に盛大な爆発音が聞こえるくらいの小さーーーーーな爆発が」
「うん。そうよ」
リコリスはあっさりとうなずいた。ジャンはそこでしかめっ面を止めてにやりと笑った。
「いやあ、本当に、お前って図太いよな。素晴らしい才能だ。実技の実力も含めて。まあ、それは置いといて」
「自分から話を振ったよね?」
「まあまあ。で、さっき日課変更があって、午後一番の授業が歴史に変わったぞ」
「えー」
彼女にしては珍しく、げんなりした顔をするリコリスを見てジャンはいっそう面白そうににやにやと笑った。
「だから急げよ~。俺は、変更前の教室にもう移動してる気の早い奴らに教えに行くから」
「まだお昼ごはん食べて無いのに~」
「絶対失敗するって分かってるのに、昼休みなんかに実験なんてするからさ。だいだいかわいそうなのはラグン先生の方だろ。折角の貴重なお昼休みをどっかのいっそわざとであってくれって感じのどじっこの説教でつぶれたんだから」
「う~~」
「まあ、お前ならさっさと食えば間に合うだろ、じゃあな!」
最後は軽くリコリスにフォローを入れて、ジャンは走り去って行った。
「あーあ。ごはん食べる時間が増えたのはいいけど、午後のはじめが歴史かあ・・・。憂鬱だなー。ねえ?ルナ」
ジャンの後ろ姿を見送っていたリコリスの足元にはどこから出てきたのか、いつの間にか黒猫が擦りよって来ていた。
「ま、がんばろっか」
ルナと呼ばれた黒猫に宣言するようにそう言って、リコリスは食堂に向かってまた走り出した。