1-1 彼女にしてみれば至極平凡な一日
「リコリス・スカーレット。お前が今、ここにいる理由を理解しているか?」
そこに2人の人物が向かい合って座っていた。一人は十代の半ば程の年の頃の少女。若々しい牝馬のような、赤みがかった茶髪をゆるく編んで背中の中ほどまで垂らし、なかなか整った顔立ちをしているようだ。ここで断定が出来ないのは、無骨で無駄に大きい黒ぶち眼鏡が彼女の顔の上半分を覆っているからだ。しかし、眼鏡のレンズの向こうからでも、その髪よりもやや赤みがかっている瞳が澄んでおり、しなやかであると同時に力強い意思の光を宿していることが分かる。
その少女と向かい合って座っているのは30代半ばの男だった。沈痛な面持ちで少女を見つめていた。その顔は、何度も絶望に打ちひしがれ、疲労の色がはっきりと見えていた。しかし、それでもまだ男は諦めていなかった。
その男は、歴戦の戦士だった。仕事に対する真摯で熱心なその姿勢で後進からは尊敬を、先達からは厚い信頼を集めていた。その熱意からくる言動で一部の合理主義者から反感を買うこともあったが、彼にはそういう反感を受け入れる度量と、経験と知識に基づき、自分の信念を貫く強い意志があった。
少女は彼の覚悟を感じ取り、厳かに答えた。
「勿論です」
「・・・よし。言ってみろ」
少女は軽く息を吸い、一拍置いてその瞳にぐっと力を込めて、改めて男の瞳をしっかり見つめなおして言った。
「つまり、先生は私に先程行っていた実験の失敗理由を述べろと言いたいのでしょう?失敗の原因はわかってます。ここの手順13のところで加熱時間が10分ほど長すぎたんです。任せて下さい。次こそは成功させて見せます!!」
少女は実験の操作手順が書かれた紙を突き出して自信満々だった。その様子に男は再び絶望に打ちのめされながらも声を絞り出した。
「…ああ俺はお前の技能の評価を上方修正しなければならないようだ」
「本当ですか!?やった!じゃあじゃあ、『色つき』になれますか?」
彼は、とうとう堪え切れなくなって声を荒げ、教員室の人間全てどころか、廊下や中庭にまで聞こえるような大音声で悲壮な叫びを上げた。
「こんの、馬鹿が!!!今のは皮肉だ!!!誰がただでさえ、実技の成績がぶっちぎりの最下位で、たった今!実験室を黒こげにした阿呆が、学院が誇る成績優秀者に与えられる『色』を、お前なんぞつけるかああ!!!お・れ・が!言ってるのは!そんの問題を起こすいっそ見事なまでのその手腕だああ!!ばかのばかのばかの中のばかとは思っていたが!ここまで馬鹿だとは思ってなかったぞ!!!」
「いやあ・・・。それほどでも」
「全っっったく!これっっっぽっちも褒めて無い!!!照れながら嬉しそうに笑うなああ!!!」
「血圧上がりますよ~?」
ここまで怒鳴り散らしても少女は全く堪えていなかった。
「はああああ・・・」
「先生、午後一番の授業は移動教室で、昼食をまだ食べて無いんで帰っていいですか?」
その全く懲りて無い飄々とした態度に、彼はもうリアクションを返す気力も無く、ひらひらと片手を振ることで了承の意思表示をした。
「じゃあ、失礼しました~!」
元気よく、しかし礼儀だたしく腰を折ってからリコリスは教員室を退室していった。
本日もこのリコリスの能天気さに教育者として完全敗北を喫した教育戦士ラグン・ベルナルは現実に打ちのめされながらも昼休みが終わるころにはまた再戦を決意した。
これは、リコリスが入学してからというものすっかり定着してしまった、ラスティール学院教員室のとある昼下がりの風景だった。
2話の途中まではブログにUPしているのでそれまでは毎日更新しますが、それからは亀更新になります。一か月に一度更新できるかできないかくらいになると思います・・・。そして、ブログで先にUPして、それから少し間をおいて冷静になってからこちらに微妙に修正したものをUPしていくようになると思います。