2-3
20年程前まで、ラスティールは隣国と戦が行われていた。しかし今では、市が立っているような大通りは戦の傷跡など、見る影もない。
けれど、戦によって全てを失い、未だ貧しさから抜け出せない人々も多く存在していた。華やかな大通りの影を全て引き取ったかのように、王都の一部には王の威光が届かない暗がりが、スラムが存在している。
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・・・1時間後、市の通りには荷物を両手いっぱいに抱えている少女と、ふてくされている少年と、フクロウと猫の一行がいた。
「いや~。ホントにあなたがいてくれて良かった~。私1人じゃ持ちきれくなっちゃったから」
ガッサガッサと荷物を揺らしながら上機嫌でそう言った。それとは対照的に少年は思いっきり不審の目でリコリスを見ていた。
「・・・何企んでやがる」
リコリスは鼻歌を中断して荷物に埋もれそうになっている少年、ジルの方を向いた。
「え?別に何も?…うん。あなたにこのまま荷物を寮まで運んで貰おうなんて企んでないよ。うん」
「って、まだオレをこき使う気まんまんじゃねえか!!!」
「あ!あんなところに屋台が出てる!!!」
「って、そんな事が聞きてェんじゃな・・・ってオイ!!人の話を聞きやがれ!!!」
「ちょっと荷物見てて!」
ジルの渾身の抗議もあっさり聞き流して、リコリスは荷物を置いて屋台に向かって走り去った。
「くそっ。このクソ猫さえいなけりゃ…」
そう忌々しげに吐き捨てたジルの足元には、ルナがその台詞に反応したようなタイミングで、ジルの顔をちらりと見上げて、釘を刺すように尻尾でジルの足をぺしぺしと軽く叩いていた。警邏に突き出されなかったのはジルとっては嬉しい誤算だった。このおじょうさまは頭が軽そうだから隙をみて逃げ出そうと、大人しく荷物持ちをしていたが、この猫には全く隙がない。今のところは自分を荷物持ちにさせて満足しているが、いつ気が変わるかわからない。
「はい」
そう思って、足元に視線を落としてルナを睨みながら、思い切り蹴飛ばしたいという欲求と戦っていた彼は(2,3度リコリスの目を盗んで実行しようとしたが、見事にかわされた)、いきなり目の前に突き出された物が揚げ菓子であるということに気づくのに時間がかかった。
「・・・なんだよ」
「何って、揚げ菓子」
「そんなことぐらいオレにだってわかる!馬鹿にしてんのか!?」
でも、自分では買えない。金があっても、ここのあたりの店はオレのような一目でスラムのガキだと分かるような奴を近づけたりしない。
「ううん。ただ、あなたが何?って聞いてきたから」
そんなジルのいら立ちに全く気付いていないかのようにリコリスはのほほんと言葉を続ける。
「どういうつもりだ!って言ってんだよ!」
「なるほど。これはあなたの分だよ。どうぞ」
「・・・どういうつもりだ」
ジルは揚げ菓子を親の敵とばかりに睨みつけながらもう一度言った。この少女ははさっきから始終この調子だった。頭が痛い。金もちって皆こうなのか?
「だから、何が?」
リコリスはそんなジルに首を傾げながら聞き返した。
「こんなんでオレが言うこと聞くと思ってんのか!!」
「うーん。会話の方向性が見えないんだけど」
「バカかおまえ!?」
「えっと。学校の筆記は平均以上の点は取ってるよ」
その何気ない言葉が、ジルの、本人も見て見ぬふりをしていた膿を抉った。そこで、ジルは色々と限界だった。突き出されないよう大人しくしていなければいけないのに!
「はっ!そうだよなあ、学校に通ってるおじょーサマはそれはそれは、おかしこくていんだろ、オレみたいな、オレみたいなスラムのドブねずみとはアタマのデキがちがうから、オレとまともな話ができねえんだろ!?」
怒りで目の前が赤くなる。さらに視界に映る自分のみすぼらしい靴が、水に落ちた時の様に歪んできた。本当に頭が痛い。こいつのせいで頭が痛いんだ。こいつが訳のわからないことを言うから。心臓を鷲掴みにされたように痛いのも、こいつが馬鹿なせいだ。
「いや、確実にお前の思考回路の方がよっほど常識的でまともに出来てる」
「?なんだ今の声・・・」
「そんなことないよ」
その言葉は、何故か良く響いた。リコリスはジルの詰りにもどこ吹く風で、何故かフクロウの顔を鷲掴みしながら彼を捕まえた時から変わらない顔で笑っていた。
「ただ、荷物持ちして貰ってるんだからこのくらい奢るのは普通でしょ?」
「さっきからなんなんだよ一体!・・・突き出すんならさっさとに突き出せばいいだろ!オレを引きずりまわして楽しいか!?」
食ってかかるジルに、リコリスはやはり自分のペースを崩さなかった。ただ、のんびりと言う。
「突き出すつもりなんてないよ、めんどくさいもの。私に何の得もないし。だから、その代わりに荷物持って着いて来てもらうのは、楽しいっていうよりありがたいよ?さっきも言ったけど、私1人じゃ持ちきれくなっちゃったから」
「・・・」
「冷めちゃうと、おいしさが半減しちゃうから、早く食べてね。あ!両手ふさがってたら食べられないよね。そこらへんに座って休憩がてら落ち着いて食べようか」
下を向いて押し黙ってしまったジルには頓着せず、リコリスはあっちの段差が丁度いいね~、と言いながらそちらの方に歩いて行った。リコリスは今まで会った仲間以外の奴の態度のどれとも似ていない。どう考えても自分を馬鹿にしているようにな言動なのに、馬鹿にしているような感じがしないような気もする。こいつが何を考えているのかジルにはさっぱり分からなかった。何かが胸からせり上がってきた。さっきのように、何とか言ってやりたかったが、何故か言葉は出てこない。
とりあえず、他にどうしようもない。突き出されないように大人しくしていないといけない、とさっきも考えた事をもう一度心の中で繰り返して、こちらに向かって手招きしているリコリスに大人しく着いて行った。
そろそろ書きだめしていたのが無くなるので、更新速度が落ちます。