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その子供は薄暗い裏路地を、迷いなく一目散に駆け抜けていた。怯えで澱んだ眼で、時折後ろを振り返って見ていたが、追手がいないと分かると足を止め、手の中にあるものを検めた。子供の緊張した顔は、じわじわと内から滲んできた喜びによって、薄汚れた裏路地に似合わない晴れやかな笑みに変わっていった。
そして子供は、先ほどとは全く別の感情に衝き動かされて、裏路地を再び駆け抜けていった。
やがて子供は、少し開けた路地にたどり着いた。そこには、数人の子供がいた。年は、駆けこんできたが年長で12,3才、下は5才くらいでバラバラだった。共通して言える事は、幼いから、という理由だけでなく、みんな痩せぎすで男女の区別がつきづらいのと、着ているものが粗末で、服というよりは穴のあいたズタ袋と形容した方が近いような代物だという事だった。
「ジル?どうしたの? そんなに慌てて」
「ジルにい。だいじょうぶ?こんこんしてるよ?」
「ああ、だい、じょーぶ。聞け!お前ら!」
「ちゃんと聞くから、とりあえず、息ととのえろよ」
ジルと呼ばれた、走って来た子供は、一刻も早く自分が上げた素晴らしい成果を自慢したい一心で一生懸命に息を整えようとしているが、はずむ心ははずんでいる息をなかなか抑えさせなかった。
それでもようやく息を整えると、ジルは誇らしげに言った。
「見ろよ、コレ!ラスティールの金持ちのお嬢様からやったぜ!」
「マジかよ!」
「すげえじゃん!」
「ジルにいすごい!」
「さっすがあ」
「別に、これくらいどうってことねえ。おんしつ育ちのお子さまに俺が捕まえられるわけねーだろ」
とはいいつつも、ジルは照れくさそうに鼻をこすりながら、顔を赤らめていた。
「ねー。『おんしつ』って何~」
けれど、一番体の小さい子が早くも、彼の戦利品から耳慣れない単語に興味を移した。
「それは~あれだ。えーと、それなんだ」
ジルは、さっきの威勢の良い態度から一転、言葉を濁した。
「だから、何~?」
「あーうるさい!!おんしつはおんしつだ!!!」
「温室っていうのはね、ガラス張りの部屋で気温を調節して、植物を本来とは違う時期に育てる為の部屋よ」
「へー、そうなんだ。ありがと、おねえちゃん」
「どういたしまして。ところで、これは返して頂戴ね」
「あれ?」
何かあり得ない声がしたと思ったら、いつの間にかジルの手の中から財布が消えていた。ジルが慌てて後ろを振り返ると、そこにはさっき自分が財布をスった少女がいた。
「な!?撒いたはずなのに…!」
「あの子があなたを追いかけていかけていてくれたのよ」
リコリスが指で指した方には、黒猫がたたずんでいた。こんなトロくさい女も撒けなかったのかという事実にしばし呆然といていたが、ああ、なるほどと納得し、・・・そして、我にかえり、叫んだ。
「お前ら逃げろ!・・・ってあれ!?」
「君がリーダーっぽいけどましかしてあんまり人望ない?」
ジルが気付くと、その場にはジルとリコリス一行しか居なかった。
「さあって。どうしようかしら?」
その時、ジルには、その頬笑みが悪魔のそれに見えた。