胃袋をつかまれた勇者パーティーの末路
令嬢ものではございませんが
「セシル。悪いんだが……パーティーを抜けてくれないか」
勇者リオンは、そう言ってわたしから視線を逸らした。
その隣には、真新しいローブを纏った美貌の賢者、オーレリアがいて、勝ち誇ったような微笑みを浮かべてわたしを見ている。
わたしは僧侶、彼女はその上位職の賢者。
賢者は回復魔法も攻撃魔法も一級品。体力も魔力もわたしよりずっとある。おまけに彼女は顔も良いという、まさに非の打ちどころのない人材だ。
だから彼女をスカウトして、代わりにわたしのクビを切るという判断はとても合理的なもの。魔王を倒すためには、ときに非情にならなくてはいけない。愛や情で世界を救えるなら、とっくに救われているだろうから。
「回復も攻撃も、オーレリアひとりで賄える。だから、その……僧侶はもう、必要ないんだ」
「それはそうね」
勇者も他のメンバーも気まずそうにしているなか、わたしは短く淡々と答えた。彼らは意外に思うかもしれないけれど、わたしの心は驚くほど凪いでいる。
このパーティーで旅を始めて三年。
最初は良かったけれど、最近自分が足手まといになってきているのは感じていたから、いつかこんな日がくるとは思っていた。予想よりも、ちょっと早かったけれど。
勇者の仲間として、そして途中からはリオンの恋人としても支えてきたつもりだったけれど、オーレリアと街の酒場で出会ってから、リオンの目にわたしはもう映らなくなっていた。
わたしが夜の見張り番のとき、いつもリオンは心配して隣に来てくれていた。でも最近は、次の見張り番が起きてくるまでひとりきり。
野営で食事を作ると必ず「セシルの料理は美味いなぁ」と言ってくれていたのに、それもなくなった。
リオンだけじゃなく、気づけば他のメンバーも、みんな気持ちがオーレリアに向いていた。
「わかった。今までお世話になりました」
頭を下げて、荷物をまとめる。
薬草や包帯、そして使いこんだ鍋やナイフにお玉、それから調味料。僧侶なのに料理道具が多いのは、このパーティーの料理番がほぼわたしになっていたからだ。
別に無理やりやらされていたわけではなく、魔物と戦う毎日の中で、道中手に入れた食材を使って料理を作るのは、わたしにとって良い息抜きになっていたのだ。
仲間が美味しいと喜んでくれたら、心も満たされた。
「すまない、セシル……」
「謝ることないわ。なかなか楽しい旅だった。さよなら」
ご武運を、とは祈らなかった。
恋人としての別れの言葉をくれなかった男のこれからを祈れるほど、お人好しではないつもりだ。
そうしてわたしはパーティーをクビになり、勇者リオンに別れを告げた。
「さーて。これからどうしようかなぁ」
勇者リオンのパーティーが街を発ったあとも、わたしは同じ街に留まり自分のこれからを決めあぐねていた。
田舎に戻って、町の教会で雇ってもらおうか。
でも戻ったらきっと、両親に「すでに行き遅れなんだから婚活しなさい」なんて言われるに違いない。それか問答無用でお見合いさせられるかも。
二十四歳の元勇者パーティーメンバーに需要なんてあるのかしら。結構あちこち傷だらけだし、日焼けもすごいし、オーレリアのように特別妖艶な美女というわけでもない。
体力だけはあるかな。あとは、ちょっとした魔物が出ても倒せるし、軽い怪我なら治療もできる。でもそれって嫁に求める条件じゃないのよね。そしてパーティーメンバーとしても中途半端。
そうやって、この世にわたしの居場所なんてない、なんて酒場でやさぐれていたときだ。
「あなたが噂の《胃袋の魔女》か?」
そう声をかけてきたのは、見かけない冒険者の一団のひとりだった。
先頭に立つ、金の髪に日に焼けた肌の快活そうな青年が、わたしの手をがしりと握ってくる。
「はい……? 魔女って、わたしは僧侶ですけど」
「ひとつ手前の町で、ある勇者パーティーに美味い飯を作る魔女がいるって」
「だから、魔女じゃなくて僧侶……」
「《胃袋の魔女》が作った飯を食べると、疲労が吹き飛んで力が漲るとか」
「誰ですか、そんなおおげさな噂を流したのは」
勇者リオンは社交的で、旅先で他のパーティーと一緒に野営をしたり食事をすることもあったから、そんな噂が広がったのだろうか。
リオンたちと楽しく火を囲んで食事をした思い出がよみがえり、苦い気持ちになる。
「俺はクライヴ。東の国の勇者だ。頼む、《胃袋の魔女》殿。うちのパーティーに来てくれないか」
「勇者? また……?」
正直、勇者なんてしばらく見たくないし、名前すら聞きたくないのだけれど。
「うちのメンバーはみんな料理が下手でな。この間なんて何が悪かったのか、全員腹を下して野営地から動けなくなって――」
「あれはクライヴが生焼けの岩鰐の肉を入れたからだろ!」
「死ぬかと思ったぞ!」
仲間たちから責められて、クライヴという勇者は情けない顔で「ごめんって」と謝っている。
なんだか、勇者リオンのパーティーとはずいぶんと雰囲気が違う。特別リオンが独裁的だったわけではないけれど、わたしも他の仲間たちも、自然とリオンを立てていたというか、リオンの意見がパーティーの意見という感じで、誰も逆らおうとか意見しようとはしなかったから。
「……わたし、実は前のパーティーをクビになったばかりなの」
「それはちょうど良かった! 《胃袋の魔女》殿を引き抜くのに、どうやって交渉しようか悩んでたんだ。いやあ、俺たちはツイてるな」
「あのね、わかってる? わたし、追い出されたのよ。僧侶じゃこれから先の旅で、使い物にならないから」
「僧侶の何がいけないんだ? よくわからないが、俺たちのパーティーに入って、前の仲間を見返してやればいい」
あっさりと言われて、わたしは思わず笑ってしまった。
単純すぎるが、悪くない誘い文句だ。
「わたしの料理に特別な効能なんてないけど」
「え……それって、仲間になってくれるってこと?」
「戦闘不能にならない飯が食えるだけで十分だ!」
「人間の食い物が食いたい!」
他のメンバーの言葉にまた笑って、わたしは「じゃあ、よろしく」と右手を差し出した。
こうしてわたしは、東の国の勇者パーティー「暁の剣」に加入することになった。
「うっま……! なんだこれ、体の芯からあったまる!」
「これが噂の魔女の飯……はぁ、涙出そう」
初めての夕食で、新しいパーティーメンバーは本当に涙目になりながらシチューを頬張っていた。
ちょっと大袈裟じゃない? 一体これまで、どんな食事をしてきたんだろう。と思いつつも、みんなが喜んでくれるのでわたしもはりきって食材を集め、料理をした。
戦闘にはなかなか自信を持てなかったけれど、あまりにもみんなが料理を褒めてくれるので「本当にこのパーティーにいてもいいのかな……」みたいな不安はすぐになくなっていった。
「セシルの飯食ってから、なんか調子いいんだよな」
「わかる。身体のキレが違う気がする」
「《胃袋の魔女》の噂は本当だったのか」
「噂はわからないけど、調子が良いのは薬草の効能かもしれないわね。お茶にも疲労回復効果のある薬草を使っているし」
実はわたしの料理には、隠し味として旅の途中で採取した薬草を使っている。薬草学の知識で厳選し、滋養強壮効果が高まる組み合わせを考えたりと工夫もしていた。
回復魔法よりよほど地味な作業だけれど、これはこれで立派な僧侶の仕事だと思っている。
リオンたちは、そういう地道な工夫に気づきもしなかっただろう。別にわたしも、それで良いと思っていた。パーティーの為になっているなら、と。
「セシル、ありがとうな。セシルが来てから、旅が楽しいものになってるよ」
クライヴのまっすぐお礼に一瞬ときめいてしまい、いけないと自分を叱り飛ばす。
また勇者と恋仲になんてなったら、きっと前よりつらい想いをすることになる。恋よりいまは、魔王を倒すための崇高な使命だけを感がないと。
そう自分に毎日のように言い聞かせながら、旅は進んだ。
わたしが加入してから、「暁の剣」は瞬く間に頭角を現していった。
討伐難易度の高い魔物を次々と打ち倒し、半年も経つ頃には大陸屈指の実力者パーティーとして名を馳せるようになっていた。
「《胃袋の魔女》様々だな!」
クライヴが豪快に笑うと、他のメンバーも「ほんとそれ」と頷く。
わたしはようやく、自分の居場所を見つけた気がした。
*****
月日は流れ、魔王城への遠征前夜。
何の因果化、野営地の焚き火の前で、もう二度と会いたくないと思っていた顔ぶれに遭遇した。
「セシル……!」
声をかけてきたのは、痩せこけた顔のリオンだった。
かつての凛々しさは見る影もなく、装備もぼろぼろ。隣にいるオーレリアも、元仲間たちも、目の下に濃い隈を浮かべてげっそりとしていた。
「あなたたち……」
「探したよ、セシル。ずっと探していたんだ」
リオンが縋るような目でわたしの手を取ろうとする。
反射的に一歩下がると、彼はますます悲愴な顔になった。
「俺たちのこと、怒ってるよな。ごめん。でも、セシルがいなくなってから、本当に散々だったんだ。オーレリアの作る飯はまずいし、なぜかいつもの力も出ないし、魔王討伐に挑んでも敗退続きで……」
「わたしは関係ないわ。僧侶のわたしより、賢者のオーレリアさんのほうがずっと強いはずだもの。あなたもそう言っていたじゃない」
「そういうことじゃないんだ。オーレリアは解雇する。だから戻ってきてくれ、パーティーにも……その、恋人としても、やり直したいんだ」
「「は?」」
ふたつの声が重なった気がして振り向けば、クライヴは真顔でこちらを見ていて、オーレリアは顔を真っ赤にしていた。
「な、なんですのそれ! 解雇って、わたくしを⁉」
「当たり前だろう! オーレリアの飯はまずいんだよ! 攻撃や回復が出来ても、料理があそこまで壊滅的だってわかっていたらスカウトなんてしなかった!」
「賢者のわたくしに料理の腕を求めるなんて、馬鹿じゃありません⁉」
言い争うふたりを、わたしはどこか他人事のように眺めていた。
いや、実際他人事よね。何と言うか、よその家の家族喧嘩を見ているみたいな。
別のところでやってくれないかな、なんて考えていると、リオンがまたわたしを縋るように見つめてくる。
「セシル、頼む。お前がいなきゃ、俺たちは魔王討伐どころか、まともに旅をすることすら出来な――」
リオンが今度こそと、わたしの手を強く握ってきた瞬間だった。
「セシルに触るな」
低い声とともに、クライヴの大きな手がリオンの手を払いのけた。
「な、何だお前は」
「暁の剣の勇者、クライヴだ。セシルは今、俺たちの大切な仲間だ。勝手に引き抜こうとしないでもらえるか」
「そうだそうだ! セシルは俺たちの命綱なんだからな!」
「一度裏切ったくせに、虫が良すぎるぞ!」
パーティーメンバーが次々と間に割って入り、リオンとオーレリアを取り囲む。他の前のメンバーたちは、どうして良いのかわからないのか、おろおろと遠巻きに見ているだけだ。
わたしを守ってくれる仲間たちの背中を見て、わたしはじわりと目頭が熱くなるのを感じた。誰かに「大切な仲間だ」と、こんなにはっきり言ってもらえたのは、初めてだった。
「……リオン」
わたしはひとつ息を吸って、口を開いた。
「一度自分を捨てた仲間と、また背中を預けて戦えるほど、わたしは器用じゃないの。ごめんなさい」
はっきりと告げるとリオンは絶句し、ゆっくりとその場に膝から崩れ落ちた。
「そんな……」
「悪いけど、他を当たって。わたしはもう、ここにいる仲間と一緒に魔王を倒すって決めたから」
リオンたちはしばらく焚き火の前で呆然としていたけれど、やがてよろよろとした足取りで去っていった。
「よくぞ言った、セシル!」
クライヴが背中をバンと叩いてくる。
痛い。でもなんだか嬉しい。
「あんな連中、別れて正解だったぞ」
「……ありがとう、クライヴ。皆も」
「はは。ちょっとヒヤヒヤしたぜ」
「セシルが戻っちまったらどうしようってな!」
良かった良かった、と笑う仲間たちの顔を、わたしはひとりひとり見渡した。
ここまで共に泥だらけになって戦い、同じ鍋を囲んで笑い合ってきた、わたしの最後の仲間たち。
彼らの仲間になったことが、わたしの人生最大の誇りだ。
「さて。明日はいよいよ魔王城ね。最後の晩餐、腕によりをかけて作りますか!」
「おおおお! 絶対負けられないな!」
「せっかくだから、全員で作ろう!」
その夜、いつも以上に気合を入れてみんなで作ったシチューを、みんなが涙ぐみながら平らげたのは、言うまでもない。
戦いに勝っても負けても、きっと後悔はないだろう。そう思えた夜だった。
その後「暁の剣」は魔王城に攻め入り、激戦の末、見事魔王を打ち倒した。
世界を救った英雄として、勇者クライヴとパーティーの名は、大陸中に轟くこととなった。
東の国で行われた凱旋パレードの夜。
祝賀会の喧騒からは離れた城のバルコニーで、クライヴが少し照れくさそうに切り出した。
「セシル。魔王も倒したし、俺たちはこれから、次の仕事を探すことになると思うんだが」
「そうね。しばらくはゆっくりしたいところだけど」
「その前に、ひとつ聞いてほしいことがある」
夜風にはためくマントを押さえながら、クライヴは片膝をついた。
「実は、初めてセシルを見たときから惹かれてた。それからセシルの飯を食うたびに思ってたんだ。ああ、この人と一生一緒にいられたらって。どんな苦しい戦いも乗り越えられるだろうなって。……セシル、俺と結婚してくれないか」
差し出された指輪は飾り気のない、けれどしっかりとした作りの銀の指輪だった。
なんだかとてもクライヴらしくて、わたしは思わず噴き出しそうになるのをこらえて微笑んだ。
「プロポーズの理由がご飯って、ちょっと締まらないと思うんだけど」
「いや、飯だけじゃなくってな? そうじゃなくて、俺は――」
「ふふっ。悪くないわ。だって、わたしもクライヴの『美味い』って顔が、いちばん好きだもの」
差し出された手に、そっと自分の手を重ねる。
「じゃあ、返事は……」
「はい、喜んで」
わっと歓声が上がったかと思えば、バルコニーの下にいた仲間たちが盛大に囃し立ててくる。どうやらみんな、隠れて聞き耳を立てていたらしい。まったく、油断も隙もない。
階下の仲間たちを叱り飛ばしながら、わたしとクライヴは顔を見合わせて大笑いをした。
*****
その後届いた風の噂によれば、勇者リオンのパーティーは、あのあとも仲違いを続け、なし崩し的に解散したという。
わたしたちが魔王討伐を果たしたいま、リオンは僻地の砦で魔物の残党狩りの下働きをしているとか。オーレリアは実家に出戻ったあと、結婚したがすぐに離婚をしまた出戻ったという話も聞いた。
少しくらい胸がすくかと思っていたけれど、意外にもわたしの心は静かだった。
やっぱり、とっくにあの人たちのことなんて、どうでもよくなっていたらしい。それくらい、クライヴたちとの旅が最高だったのだ。
「セシル様、次のシチューの仕込み、手伝いますー!」
「じゃ、俺は薪割ってきます!」
「暁の剣」の拠点となった屋敷の厨房には、今日も賑やかな声が響いている。
わたしは大鍋をかき混ぜながら、だんだんと重くなってきたお腹をそっとさすった。
「大丈夫か、セシル? ひとりの身体じゃないんだから、無理しないで休んでくれ」
「やだ、全然大丈夫よ。英雄《胃袋の魔女》様をなめないでよね」
クライヴが目を丸くしたあと「失礼しました」と苦笑する。ああ、好きだなあとその顔を見て思った。
鍋からふわりと立ちのぼる湯気に隠れるように、クライヴがそっとキスを落としてくる。それに応えながら、わたしは確かな幸せを噛みしめた。




