第3話 おじさん、1年間の努力で強くなる
兵士としての再スタートから数日。
ラースは毎朝、硬いパンと薄いスープを胃に流し込み、訓練場へ向かう生活を続けていた。
最初の頃は、「またここか……」という重い気持ちが胸を占めていた。
だが、日が経つにつれ、前周回とは違う“変化”が少しずつ積み重なっていく。
訓練の合間、ラースは街の兵士や商人に話を聞き、この世界の常識を必死に頭へ叩き込んだ。
「ここはランス王国の王都ランス。西にドラグーン帝国、南に神聖皇国。どっちも王国を狙ってるってわけだ」
「金貨はこれ、銀貨はこれ。おっさん、間違えると損するぞ」
「魔法はな、魔力が高い奴が修行して使える。だが生活魔法くらいなら、一般人でも努力すりゃなんとかなる」
聞くことすべてが新鮮で、同時に、前回で“知らなかったこと”ばかりだった。
――俺は、何も知らずに死んだんだな。
その事実が胸に刺さる。
魔法の話を聞いたその日から、ラースはこっそり生活魔法の練習を始めた。
水を出す魔法。ただそれだけ。
だが、魔力の少ない一般人には難しいらしい。
「……出ろ……水……出ろ……!」
手のひらをじっと見つめ、額に汗を浮かべながら念じる。
何も起きない。
「……くそ……」
それでも毎日続けた。訓練の後、疲れ切った身体を引きずりながら、寝る前に必ず手をかざす。
ある夜、手のひらに“ひんやりした感触”が落ちた。
ぽたり。
「……え?」
小さな水滴が、手のひらに乗っていた。
「……出た……!」
胸が熱くなり、思わず笑みがこぼれた。
翌日、グスマンに見せると――
「おおっ!? ラース、お前やったじゃねぇか!!」
まるで自分のことのように喜んでくれた。
その笑顔が、ラースの胸に温かく広がった。
――この世界で、俺は一人じゃない。
訓練開始から三ヶ月が過ぎた頃、弓の訓練が始まった。
最初は、矢が的に届きもしなかった。
「おっさん、弓は腕じゃねぇ。背中で引け!」
「背中……?」
グスマンのアドバイスを受けながら、何度も何度も弓を引く。
腕が震え、指が擦り切れ、肩が悲鳴を上げる。
だが、ある日――
シュッ。
矢が的の端に刺さった。
「……当たった……!」
「おおっ! やるじゃねぇか、ラース!」
グスマンが背中を叩く。その衝撃で前につんのめりながらも、ラースは笑った。
三回に一回は当たるようになった頃、ラースは気づいた。
――前回より、ずっと強くなっている。
訓練の合間、ラースとグスマンはよく一緒に飯を食べた。
硬いパンをかじりながら、グスマンはよく笑い、よく喋った。
「俺はよ、家族を帝国軍に殺されたんだ。だから兵士になった。まぁ、暗い話はここまでだ!」
「ラース、お前はどうして兵士に?」
「……生きるため、かな」
「ははっ、そりゃそうだ!」
グスマンは深く聞かない。
それがありがたかった。
――この男を、今度は死なせない。
ラースは心の中で強く誓った。
1年が過ぎようとした頃。
生活魔法は水を一口分出せるようになり、弓はそこそこ当たるようになり、槍の扱いも前回より格段に上達した。
体力もつき、走っても倒れなくなった。
そして――
王都に、不穏な噂が流れ始めた。
「帝国軍が国境を突破したらしい」
「南部の皇国軍も動き出した」
「王都にも兵士募集がかかるぞ」
ラースとグスマンは、新兵の指導員として訓練場に立つことになった。
――また、あの日が来る。
胸がざわつく。だが、前回とは違う。
今度は、準備がある。仲間がいる。そして、未来を知っている。
ラースは静かに槍を握りしめた。




