5話 時間を操る
僕は、高2のクラス替えで喜び、期待が高まっていた。
高1のときに廊下で会って、笑顔で輝いている陽葵と同じクラスになれたから。
陽葵と初めてすれ違ったとき、そよ風がふき、笑顔からは木漏れ日のような光がさした。
初めて女性にときめき、その時以来、陽葵のことしか考えられなくなっていた。
ただ、陽葵は、バスケットボール部のキャプテンと付き合っていることがすぐに分かる。
そのことを知り、陽葵には言葉をかけることはできなかった。
高校時代は、常に、陽葵のことで頭がいっぱいだった。
朝、陽葵の顔を思い浮かべて起き、お昼も陽葵が何を食べているかと考える自分がいた。
もう、陽葵のことしか考えられない日々を過ごす。
ただ、結局、陽葵とは1回も話すことができずに高校を卒業することになる。
高校の門を出るのが最後になるとき、校舎を振り返った。
勇気がない自分が情けなくて、みんながあざ笑っているように感じ、走って逃げた。
家に帰る途中、河原で1人、子供達が野球の練習をしているのを呆然とながめていた。
雫が頬を流れ落ちていく。今でも、美しかったあの夕日は忘れることができない。
その後、大学生、そして社会人になって、女性とつきあい、男女の関係も経験した。
でも情熱的に1人の女性を好きになることはなく、今後もないと思っていた。
そんな時、高校卒業から10年が経ち、高校の同窓会の手紙がきた。
もしかしたら陽葵と会えるかもしれないと、再び、心が踊る。
でも、期待して同窓会に来ても陽葵はいなかった。
いまごろ、誰かと結婚して、子供がいるに違いない。
帰ろうかと思っていた、ちょうどその時、僕の時間は止まった。
入口のドアが開き、ひらひらとしたドレスを着た陽葵が入ってきたのが目に入る。
高校の時の後悔を繰り返すのは嫌だと思い、重い体にむち打ち、陽葵に近寄っていった。
「遅かったじゃないか。」
「ええ、仕事が思ったより長引いちゃって。」
「今日は土曜日なのに、仕事があるんだ。今は、何やっているの?」
「アパレル系の会社で仕事してるの。ところで、橘くん、ひさしぶりね。」
「名前、覚えていてくれたんだ。ありがとう。」
「そりゃ、2年のとき同じクラスだったでしょう。あたりまえじゃない。たしか、和樹くんだったよね。ところで、橘くんは、私の名前、覚えてる? 忘れてるんじゃないの?」
皮肉を込めた笑顔だったが、そんな顔にも心が揺さぶられる。
あれから10年経っても、華やかさ、可愛らしさは全く変わっていない。
「もちろん、覚えているよ。宮本だろう。そして名前は陽葵。」
「覚えてくれたんだ。嬉しい。ところで、橘くんは、いま、仕事はなにやってるの?」
「週刊誌の記者をやってるんだ。」
「芸能人のスキャンダルとか?」
「いや、政治家とかの不正を暴くとか。」
「すごいじゃん。」
陽葵は、何回も、僕の腕をパシパシと叩きながら、笑顔で話していた。
それから3ヶ月ぐらいで僕らは付き合い始め、1年後に陽葵と婚約をした。
でも、同窓会の後、陽葵とその友達の凛が話していることを僕は知らなかった。
「凛、昔のクラスメートなんだけど、いいカモが見つけたのよ。」
「どういう意味?」
「政治関係の週刊誌記者。しかも、政府が超能力者を抹殺しようとしているネタを掴んだみたい。だから、彼を通じて政府の動きとか情報収集をしようと思う。高校の時に戻って私を好きにさせたうえで再会し、結婚することにした。高校生の男子生徒の心を奪うなんて、今の私にはちょろいもの。」
「それは貴重な情報源だけど、そんな人と結婚していいの。」
「いいの、いいの。男女の愛情なんて最初だけ。誰と結婚しても同じだから。それなら、メリットがあった方がいい。」
「結構、割り切っているのね。ただ、最近、政府の目も厳しくなってきているから慎重にね。」
「そうね。できるだけ静かにしておくわ。」
僕が最初に目をつけたのは、顔、体を変えて他人になりきれるという超能力者だった。
そんなことがあり得るんだろうか?
そんな事があれば、誰でも騙されてしまう。
まずは、超能力者だと情報があった男性の尾行から始めた。
古い2階建てのアパートに住み、質素に暮らしている。
ただ、ある日、部屋から女性が出てきた。
あんな貧しい男性が、あんな美人と付き合うのかと違和感を感じて、女性を尾行した。
その女性は、雪が降り始めた六本木に行き、ある女性と話している。
5分ぐらい2人の女性は言い争っていたけど、お互いに逆の方向に歩き始めた。
その後、その女性は、暗い公園に入り、周りを見渡した後、なんと男子トイレに入った。
その女性はトイレの個室に入った音がした。中を覗いたけど誰もいない。
そして、驚くことに、その男子トイレから尾行していた男性が出てきたじゃないか。
これは、自分の顔、体を変えられる超能力者に違いないと確信した。
その後も、そのアパートを張り、不在の時に忍び込んで隠しカメラをセットする。
そして、驚くべき映像を入手した。その住人の顔と体が変化していく映像。
これは大スクープだ。世の中に発表すれば、僕は一流記者となれる。
僕は、すぐに政府に情報提供したが、映像に特に驚いた雰囲気はなかった。
「これって、フェイクじゃなくて、信じてください。」
「大丈夫です。このような超能力者がいることは我々も知っています。超能力者からテロ行為を受け、政府を乗っ取ると脅されているんです。いや、話しすぎてしまったな。」
超能力者がいて、政府と争っている。
これを記事にすれば、僕は世界でも一躍有名になり、陽葵も喜んでくれるに違いない。
僕は、陽葵にそのことを自慢げに話した。
「和樹、すごいじゃない。でも、いつ、どこで、政府が超能力者を暗殺するのか情報収集した方がいいと思う。だって、こんな話し、都市伝説だと一笑されそうだから。事前に、その情報を限られた有名人に公開しておいて、事件が起きたら、それが正しかったと証明してもらうのよ。そうしたら、誰も和樹のことや、超能力者がいることを疑う人なんていなくなる。」
「そうだな。がんばってみる。」
「和樹は、私の自慢できる夫なの。期待しているわ。」
僕は、上目遣いで見つめる陽葵の頭をなでた。
その日から複数の超能力者と疑われている人の尾行を開始する。
1週間程経つと、同じ顔を度々見かけ、彼らも同じ方向を見つめていることに気づいた。
情報を引き出すために、その1人に声をかけてみる。
「もしかして、超能力者を尾行しているとか?」
「お前もか。お互いに苦労するな。そもそも超能力なんてあるのかよ。」
「僕、見たぞ。体の形が変わるやつを。」
「そうなのか。俺が尾行しているやつは物を瞬間に動かせると聞いたけど、じゃあ、本当なんだ。慎重に尾行しないと殺されるかもな。こんなにいっぱい金を貰えるから、大丈夫かと心配していたんだよ。お前も気をつけろよ。」
「ああ。ところで、もっと情報交換したいんだ。お互いに、情報がある方が身を守れるしな。おごるから、酒、一緒に飲みに行こうぜ。同業者として。」
同業者だと言われ信用したようだ。金で操られる学の低いやつなのだろう。
飲みながら、彼らの素性、目的、成果について聞き出した。
彼は、政府から金で依頼され、超能力者を尾行し、毎日の出来事を報告しているという。
僕は金を渡し、政府の動きも探った。
彼は、2重にお金を貰えることに喜び、知っていることはなんでも話す。
政府は超能力者の疑いを持つ50人が本当に能力をもっているかの調査を進めてきた。
突然消えるとか、交通事故にあってもすぐに怪我が治るとか異常があればすぐに報告する。
そんな能力は危ない時に発揮するから、階段の上から突き落とせ等と指示されていた。
監視カメラでそんな行動が映っても、彼らは政府から責任を免除される。
そんな犯罪行為まがいのことをして、超能力者ではなく本当に怪我をする人もいる。
政府は、そんな時でも、必要悪な行為だと事件をもみ消しているらしい。
超能力者だと判明しても、当面は泳がされた。
盗聴器、GPSを密かに付けられ、他の超能力者とコンタクトするのを待つ。
そして、次の計画をあぶりだす。
公安のスペシャリストが背後にいて、やることが組織的で高度。
既に30人は超能力者として特定されていた。
政府要人に雷を落とし、殺害する今後の計画も多くはバレていると言っていた。
一方、それらの情報が超能力を持たない人達の間で政争の道具として使われているらしい。
つまり、消えて欲しい大臣等には計画を教えず、計画を超能力者に実行させる。
それで、自らの権力を強化しようとしているというのだ。
1か月後、日比谷公園のイベント会場を爆破する超能力者の計画も把握済みだという。
それらを政府が知り、2週間後アジトに突撃し、組織を壊滅するという話しも聞いた。
これらは想定していた以上の大規模なもので、週刊誌ネタとして最高だ。
今、僕といることも、政府には漏れていないのだろうか。
でも、目の前で話す彼もバカではなく、身を守るために、何かの対処はしていると信じる。
その前に、政府は僕が超能力者を調べていることを既に知っている。
僕は、大きな成果を得て、お酒も入り、上機嫌で帰りの途についた。
その時、誰かに見られている気もしたが、すりとかだろうと侮っていた。
僕は、空手の有段者だから酔っていても負ける気はしないと。
無事に自宅の玄関に着き、ドアベルを鳴らすと陽葵が寂しかったと言って駆け寄る。
僕のことを好きで好きでたまらない陽葵を大切にしてあげないと。
今日聞いたことを陽葵に話すと、陽葵はこれで和樹は有名人だと言って喜んでくれた。
そして、翌日の結婚式で美しい肌を披露するために早く寝ると言ってベッドに入る。
僕はシャワーを浴びに、フェイスパックをした陽葵の手のひらにキスをして部屋を出る。
その間、陽葵が誰かと話していることには気づかず、お風呂で鼻歌を歌って上機嫌だった。
結婚式当日は、雲一つない晴れ渡った素晴らしい朝を迎え、表参道の教会に向かう。
僕は、陽葵がお父さんと赤い絨毯のバージンロードを歩いてくるのを、愛おしく見ていた。
僕の輝かしい人生は、今日から始まると顔から笑みが漏れながら。
その時、政府は、すでに、あのアパートに住む超能力者を抹殺していることに気づかず。
教会で僕に向かって進む陽葵も政府がマークする超能力者だということも知らずに。
そもそも、政府は、陽葵を追っていく中で僕もマークしていた。
そして、スクープの餌をちらつかせ、他の超能力者の存在をあぶり出すのに利用していた。
陽葵の暗殺で、僕も犠牲になってしまうことを前提として・・・。




