6話 自殺
俺は、目を覚ました途端、息をすると液体が口に入り、息ができずにパニックに陥った。
ここはどこだろう。
さっき、河田に連れて行かれた施設で縛られ、注射のようなものを打たれて気を失った。
気づくと、顔に布を被せられ、液体の中に投げ込まれている。
プールのようなところではなく、それほど深さはないようだ。
冷静になると、顔は床についていて、頭がすっぽり浸かる程度の深さだと気づく。
むしろ、ゴミの匂いが充満していて異臭がひどい。
俺は、まずは仰向けになり、なんとか、床に正座をすることができた。
息ができる。そして、コンクリートの縁で手を抑えるロープをなんとか切れた。
その手で顔の布を取り、足のロープを外した。
ここは、1ヶ月ぐらい放置されたゴミ置き場のようだ。
いろいろなゴミが放置され腐り、その中に雨水等が入ったのだろう。
何やらべったりしたものが顔についていた。
手で摘んでみたら、カビの生えたトマトが溶けている。
ゴミ置き場は、コンクリートで囲われていて、油の膜が、かなりの厚みで浮いている。
こんなところで水死しなくてよかった。
そうなったら、後で、ブタ扱いされてしまう。
なんとか立ち上がることができたが、この異臭だらけの液体をだいぶ飲んでしまった。
カビだらけの腐った食材が目に入り、こんなものが俺の体に入ったのかと気分が悪くなる。
少しは吐き出したが、慌ててたせいか、すでにかなりの量が体の中に入り込んでしまった。
ゴミ置き場の電球は少なくて暗く、コンクリートで囲われ、ジメジメしている。
どうも、ここは半地下のようだ。
壁の上部に細長い窓があり、雨水はそこから入ったのだろう。
手をあげると、ねっとりした液体が体からゆっくりと垂れる。
手入れがされていない公園のトイレの比ではない悪臭だ。
酔った人の吐物を浴びた方がまだマシだと思える。
もう、この服は洗ってもダメだろう。
俺の体も、毎日シャワーを浴びても、1週間は匂いは落ちないと思う。
ところで、河田は俺に何をしたかったのだろうか。
殺したければ、殺せたはずだ。注射も打っているんだから。
ただ、臭い液体の中に落としただけなら、警告というにも中途半端だ。
何かをするなとか、警告らしいものを聞いてもいない。
分からないことばかりだ。
悪臭が漂う液体が体から垂れながらも歩いてみた。
そうすると、ここは河田が言っていたような研究施設ではないことが分かった。
少し歩くと、誰もいないシティーホテルではないか。
さっきまで、白衣を着た研究者がいっぱいいたのに、あれは嘘だったのか。
誰もいないフロントで鍵を抜き取り、客室に入る。
まずはシャワーを浴びることにした。
ホテルは休業状態のようだが、お湯が出たのはラッキーだった。
そして、部屋にあった寝巻きを着て、ホテルの外に出た。眩しい。
何も見えない真っ白な空間から、やっと目が慣れて見えてきた。
シティーホテルを出ると、周りは10階建てのビルに囲まれている。
雑居ビルが立ち並び、太陽が、ビルの窓ガラスに反射して俺に光を届けてくれる。
あんなことがあったのに、見える風景は、平穏そのものだ。
この辺では人はほとんど見かけない。
ここ1年の間に日本の人口は半分になり、人々は都心に移住していったから。
今いたホテルも大勢の従業員が死に、意に反して廃業に追い込まれたのだろう。
そのような商業施設をたくさん見てきた。
この辺のスーパーもほとんど閉鎖され、都心に集約されていった。
ただ、俺は、不便を感じながらも、相変わらず西荻窪に住み続けている。
俺の育った場所だし、多くの思い出がある。
食材は、新宿のオフィスの近くにあるスーパーで買って帰ればいい。
むしろ、善福寺川とか、自然に囲まれる方が落ち着いていい。
特に、週末は、誰も周りにはいないので、静かにずっと寝ていられる。
俺は、そもそも1人でいるのが好きなんだ。
それでも、吉祥寺には久しぶりに来た。
人が見当たらないこと以外、昔とはそれほど変わっていない。
最近は行っていないが、三鷹、立川とかの風景も、そんなに変わっていないのだろう。
日本は、さすが治安が良く、暴徒とかはいないので周りは荒れていない。
ただ、公園などでは、死体の火葬が追いついていないので、煙の柱が見える。
そんなことを考え、西荻窪にある自宅になんとか辿り着いた。
家で再び、シャワーをあび、異臭が落ちるまでは当面、物置で寝起きをすることにする。
物置の天井を見て、俺は今日一日を振り返っていた。
そもそも、俺は、今、真実に近づいているのだろうか。
人々の死の原因は、脳に線虫が寄生したことによるものだということを俺は突き止めた。
体に入っても全ての人に寄生するわけではない。
寄生しても全員が死亡するわけでもない。そういうことは研究の結果で分かった。
ただ、それは結果であって、誰がどのような目的でそんなことをしたのだろうか。
それは人なのか、地球の外から来た異星人によるものなのだろうか。
そもそもについて調べているが全く分かっていない。
少なくとも、河田はこの事件に何らかの関わりをもっているのだろう。
ということは、おそらく異星人の仕業ではないと思う。
あれだけ精巧に、異星人が人間になりすませるのは難しいだろうから。
いや、わからない。異星人が河田を操っているのかもしれない。
どんなに考えても、結論はでなかった。
河田が何をしようとしていたのかも未だに分からない。
河田は、あの会食の後、この寄生虫を発見した脳外科医の病院に足繁く通っていた。
ただ、何が目的だったのかは分からないし、建設会社との関係も分からない。
河田は、大手町のオフィス前で、黒づくめの男性達に車の中に拉致されたと聞いた。
なにか、闇の世界に関わっていたのではないだろうか。
あの佐藤総理が暗殺されたことにも関与していたんじゃないだろうか。
そういえば、河田は、1年半ぐらい前、酔っ払って階段から落ち、肩を骨折していた。
すでに、その頃から闇の組織から追われていたのかもしれない。
自ら骨折というのは嘘だったのかもしれない。
俺は1通のメールに気づいた。
スマホに目をやると、山崎弁護士からの連絡だった。
今井さんが、拘置所から脱出して、副総理のもとに匿われているという。
そういえば、政府に研究成果を報告するため、助手の本間さんによく行ってもらっていた。
そして、俺が河田に襲われ、本間さんも危ないだろうと思い、政府に守ってもらっている。
副総理のところに今井さんがいるのであれば、本間さんと会っているのかもしれない。
早いうちに、今井さんと会ってみることにしよう。
山崎弁護士からのメールが続く。
佐藤総理の暗殺は河田がやったと今井さんが話しているというのだ。
お土産の中に、河田が、昆虫型爆弾を忍び込ませたらしい。
それから羽が生えて後部座席を食いちぎり、トランクに入って爆破させたというのだ。
そういえば、河田はお土産の袋の上で不自然に手を差し出してたのを思い出した。
そんな話しは信じがたいが、この線虫の技術をみると、ありえるかもしれない。
しかも、線虫で生き残っている人の中で超能力を持つ人が出てきているらしい。
それは初耳だ。その観点は、これまでの研究ではなかった。
もしかしたら、超能力者を作り出すためにロボットを撒き散らしたのかもしれない。
その観点からみると、これまで見えなかったものが見えてくるだろう。
さらに、超能力者は、この世界を支配しようと政府に権限の委譲を求めているという。
その手段としてテロ行為を行っていると。たしかに、最近、テロのニュースが多い。
佐藤総理の暗殺も、超能力者の仕業だったのかもしれない。
河田も超能力者で、佐藤総理を暗殺し、今井さんに罪をなすり付けたのかもしれない。
なにも知らずに河田と会っていたことに、改めて鳥肌がたった。
河田が俺にしたことは、何だったのかは未だに分からないが、何か目的があったのだろう。
まだ安心するのは早い。
超能力者の一人が、進化論どおり、優れた能力を持つ超能力者が生き残ると言ったらしい。
まず、ダーウィンは、最も変化に敏感なものが生き残ると言っているんだ。
しかも、お前達がどんな能力を持っていても、俺達には圧倒的な数の仲間と軍事力がある。
俺達は、超能力者には負けない。
決して、お前達に支配されはしない。
ただ、今井さんは、どうしてそんな情報を入手できたのだろう。
副総理が協力しているというが、不明な点が多すぎる。
さらに、この線虫を最初に発見した脳外科医の殺害にも河田が関与しているという。
河田の正体は何なのだろう。
これまで近くにいて、バカなやつという印象しかなかったが、間違っていたのだろうか。
むしろ、ロボットを撒き散らした組織の中心人物なのかもしれない。
政界、経済界に広いリレーションを持っていたことには目的があったのだろう。
俺達を支配するために、したたかに動いていたに違いない。
おどけた様子は、演技だったのだと今更に気づいた。
今度、河田を見たら、捕らえて政府に突き出してやる。
ただ、河田からの連絡は途絶え、俺は自分の研究に没頭するしかなかった。
調査研究の説明会から3カ月程経った頃だった。
俺も、そろそろ政府が安全を確保している施設に移動しようとしている時だった。
新宿駅からオフィスに向かう最中に、道路の上で背中に激痛が走る。
口からも血が溢れる。立ってられない。
先日、河田に拘束されたときに飲んでしまった悪臭がする液体のせいだろうか。
それしか原因は見当たらない。
河田と今起きている事象との関係を調べなければいけない時に。
背中に走る痛みで、目の前が暗くなっていく。
私の脳がコントロールされるのだろうか
そんなことは俺が阻止してやる。
俺は、カバンに護身用として持っていたナイフで心臓を自分で突き刺した。
俺の脳が支配されれば、影響力のある俺の発言で研究が止まってしまうかもしれない。
お前達に、私の体は渡さない。




