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最終決戦  作者: 一宮 沙耶
第3章 空気感染

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5話 攻撃

営業部長の坂上は線虫を研究したいと言って会社を辞めた。

たしかに、人が次々と死ぬ世の中で建設ニーズもなくなり会社にいる意味もなくなった。

昨年度は初めての大幅赤字決算となっていた。

そんな中で、私も常務を辞め、会社を去ることにした。


ただ、私は坂上とは違う。人間を支配する側にいるということだ。

私は、超能力者として日本を支配する活動に身を投じている。

最近、積極的に構築してきたトップ層との人脈は、その活動をするうえで役立っている。


同じ大学出身といえば、最初くらいはお付き合いで会ってくれる。

会食やゴルフを楽しむ人、賄賂を喜ぶ人。そこにつけこむと関係は長続きする。


高級レストランと美味しいワインにはまる奴がいる。

頻繁に同じ人を接待すると会社から怒られるが、接待されるのは黙っておけばいい。

今日、赤坂プリンスの老舗フレンチで一緒にいる偉そうな奴も、私にたかっているだけ。


ゴルフも同じ。道具をプレゼントし、試してみましょうと言えばほいほいとついてくる。

家族には仕事だといって、来るとスコアを1つでも伸ばそうとやっきになる。

そんな人達を月に1回でも連れて行くと、雪だるま式に人脈は広がる。


金なんて、紙切れにすぎない。人を操れれば、いくらでも手に入る。

人は欲望にまみれた生き物で、つぼにはまると抜け出せない。

わずかな利益で、人類を売ってしまっていることに気づかずに。


私は、そんな人達から情報を入手し、政府や経済界の動きを把握する。

接待を受けているうしろめたさか、俺に気を許しているのか、あいつらは何でも話す。

そして、テロ行為に繋げ、政府の攻撃をかわす。

最近、多くの政府要人を亡き者にしてきた。


すでに支配されずに生き残っている人は半分ぐらい。

そろそろ危ういと気づき、私達の支配には全力で抵抗し始めた。

でも、このままリーダー格を外していけば、人間は烏合の衆になるだろう。

もう少しだ。


私は、オフィスの自席の窓から周りを見渡す。

目の前のビルの窓からは、大勢がデスクに座りひたすら仕事をするのが見える。

そう、奴隷達は、指示されたことをただひたすらやっていればいい。


リーダーである私の言うことだけを、何の疑いもなくやり続けるのがお前達の使命だ。

日本は平等というまやかしに踊らされてきたが、平等なんてものは幻想だ。

人がいれば、それだけの差が生まれる。

おれは日本のリーダーに相応しい存在で、お前達とは格が違う。


それにしても、いつのまにか、坂上は偉くなったものだ。

今回の線虫研究の第一人者として、その研究分野では世界のリーダーとなっている。

以前、総理と会食したときは、こんなに偉くなるやつだとは思わなかった。


受注案件を獲得しようとする執着が立派だったのは認める。

ただ、がむしゃらに前に進むだけで、作戦を練る頭はない。

会社では、組織の犬で、常務だというだけで私に頭を下げて従う。

私は、そんな姿を見て奴隷にすぎないとバカにしていた。


でも、私は間違っていたのかもしれない。

日に日に、私達にとって、坂上は迷惑な存在になっていった。

血液や空気中のロボットを暴き、それが成長することも突き止めた。


まだ超能力者にまでは辿り着いていないようだが、時間の問題だろう。

そんなやつだと知っていたら、あの会食の後、消しておけばよかった。

でも、いまからでも遅くない。まずは、こいつから排除することにした。


俺は、坂上に話したいことがあるとメールを打った。

そして、坂上の研究所のある新宿のカフェに呼び出す。

最近は人口も減り、新宿はまだ人が大勢いるが、店内は閑散としている。


このお店は、店員がメイド風のドレスを着ているのが有名だった。

品がないふりをするにはいいお店だと思って選んだ。本当は優雅な私なのだが。

私は、紅茶を頼んでいたが、今やってきた坂上に、オーダーをしろと目線を投げる。


坂上は、店員のドレスを下から上へと舐め回すように見上げ、コーヒーを頼む。

キモいと見下す顔つきで、店員はオーダーをマスターに伝える。

お前がそんなドレスを着ているからだろうと、坂上が下を向き、小声で言い放つ。


「お久しぶりです。河田さんが好きそうなお店ですね。新宿にも、こんなお店があったんですね。」

「秋葉原から移転したらしいですよ。」

「そんなことは、どうでもよくて、河田さんは、拉致されたと噂があり、その後は行方不明と思っていたんですが、お元気でお過ごしでしたか?」


坂上は、昔より更に太って、お腹はワイシャツから出てしまいそうでだらしない。

顔から汗が吹き出しているのも、昔のままだ。

昔も聞いたことがあるが、特に緊張しているとかではないらしい。


真っ赤な顔をして、まるで赤鬼のようだと思っていたが、今でも変わらない。

ただ、研究で少し自信がついたのか、昔よりは話すスピードがゆっくりで落ち着いている。

店員が持ってきたコーヒーを口に含み、警戒するように私を見上げる。


「相変わらずですよ。でも、拉致って噂ありましたね。あれは嘘ですよ。誰が、そんな噂流すんですかね。日本は、そんなに物騒じゃないって。そういえば、坂上さんと一緒にでた総理との会食は懐かしいですね。あの鰻、美味しかったな。でも、今井さんは、あの会食でご一緒した総理を殺害したって。あんな可愛い顔をしながら、女は怖いね。」

「今井さんは、そんなことしないですよ。つばを吐いたからって、そんなことで爆破なんてできないでしょう。しかも、つばを吐いたのは、河田さんがそそのかしたからじゃないですか。」


総理暗殺の話しをしているのに、お気楽に話し続ける私に坂上は睨みつける。

しかし、坂上は、線虫の第一人者であっても、真実は何も知らない。

真の私の姿を知らずに、バカなやつだ。お前は、私に支配される立場なんだ。


ただ、唾を吐きかけたことで、警察が今井を逮捕したことは知っているようだ。

今でも、今井とコンタクトがあるのだろう。


「そそのかしたなんて、悪意がある言葉だね。私が、仲が良い佐藤総理を殺すはずがないでしょう。まあ、そんなことはどうでもいい。それよりも坂上さんは大活躍の様子じゃないですか。TVで坂上さんの名前を聞かない日はないぐらいですよ。」

「ちょうど、多くの人が亡くなっている原因究明をしているからです。ところで、今日はどのようなご用件でしょうか。」

「いや、実は、私の機関でも、今起こっていることの研究をしていて、連携ができないかなと思って。私は、その機関の理事をしているんですよ。」

「そうだったんですね。どのような研究なんですか?」

「私は、坂上さんのように線虫の研究なんて詳しくないから、わからないよ。会社にいた頃から分かっているだろう。私にできるのは、人脈を使い、人をつなぐことだけだ。」


事情は理解したようだが、坂上の警戒心は相変わらず続く。

カフェから外を見渡すと、人が大勢亡くなっているというのに、昔とそれほど変わらない。

人々が忙しそうに、暑い暑いと言いながら歩き、女子高生が笑いながら通り過ぎる。


誰もが、人類が崩壊するなんて思いたくなくて、平静を装っているのだろう。

最後の輝きを噛み締めたいのかもしれない。

自分が取るに足らない存在であることに気づかずに。

もうすぐ私の奴隷になるのに、バカなやつらだ。


私は、今、世界を揺るがす計画を進めている。

誰か、それを知ったらどう思うだろうか。

飲み干したカップに紅茶を再び注ぎ、おどけた顔で坂上に笑みを向ける。


「で、私に何をして欲しいのですか?」

「これから吉祥寺にある研究施設に一緒に来て欲しい。そこで、専門家から詳しい話しをさせてもらう。」

「吉祥寺は、そんなに遠くはないですが、これからというのはいきなりですが・・・。」

「まあ、人類の生死に関わる重要なことだ。吉祥寺まで車で30分ぐらいだし、そんなに些細なことを気にしなくていいでしょう。たしか、坂上さんのご自宅も、その辺だったと記憶しているし。」

「わかりました。行きましょう。」


思ったより、素直に同意してくれた。

これで坂上を実験台にすることができる。

感染しなかった5割の人を再感染させるための次なるロボットに効果があるかを。


坂上を連れて吉祥寺の施設に連れて行った。

吉祥寺のシティーホテルの名前をタクシーの運転手に告げると車は動き出した。

どうしてシティーホテルなのか不思議そうな目を坂上は私に向ける。


最近は、中野を過ぎると、いきなり人通りが少なくなる。

人が激減し、スーパーやいろいろなお店は都心に集約されていった。

その中で、都心でも、空き家が増え、都心に移住する人が増えたのだ。

吉祥寺でも、普通には暮らせるが、都心の方が圧倒的に暮らしやすい。


タクシーの窓から見える道路は全く昔のままで変わらない。

ただ、人の気配はほとんどなく、ゴミも少ないからカラスさえ見ることがない。

坂上は、どうして西荻窪から都心に移住しないのだろうか。


私は、坂上を吉祥寺に連れてくる目的だけで会った。

坂上も、別に私に関心もないのだろう。タクシーの中で二人は黙り続ける。


何も話さない坂上に私は目を向けた。

坂上がみんなから注目されるのは今日で終わりだ。

私が坂上を吉祥寺に連れていくのは、次世代ロボットの成果を実験するため。


坂上は、被験者として一番適任だからだ。

坂上を感染させて、脳をコントロールできるか、拒否反応で死亡させてしまうのか。

どちらでも、俺達には有利にできる。


しかも、脳をコントロールできれば、坂上の発言力を使い、世論を操作できる。

これまでのことは嘘だったと言わせ、みんなの前で自殺させることもできる。

そんなことを考えていると、吉祥寺の目的地に着いた。


「着きました。ここです。入ってください。」

「ここはシティーホテルみたいですが、河田さんの研究所なんですね。たしかに、研究者が行き来していますしね。」

「見た目が気になっているのかい。大勢が亡くなり、廃業となったビルを我々の機関が買い取ったんですよ。今どき、研究できればいいし、ホテルだから、それなりのセキュリティ対策も講じられている。研究するには、個室がいっぱいあるのは便利じゃないですか。ただ、研究所が狙われたら困るから、ここが研究所だって他言不要ですよ。」

「分かっています。」

「じゃあ、この部屋で待っててください。研究のリーダーを呼んできますから。」


白い壁で、何の変哲もない会議室に坂上を通し、席に座らせた。

そして、私に目線を向ける坂上に、スタッフが背後から忍び寄る。

注射針を刺し、睡眠薬を注入した。

坂上は、気を失い、床に倒れ込む。


倒れる前に、驚いたような顔をして私を見つめていた。

私が何かしたという記憶は残るだろうが、何をしたのかは分かるはずもない。

私達は、坂上の手足を縛り、布の袋で顔を包み、地下1階のゴミ置き場に運ぶ。


そのシティーホテルの地下1階には、ホテル時代に使っていたゴミ置き場があった。

そこに、体内に直接入ることができる次世代ロボットを入れた液体を入れてある。

今回のロボットは空気感染はできずに、直接液体を口から入れる必要がある。


しかも、その液体の異臭はひどい。注射器に入れても、匂いで気づかれてしまうほどだ。

だから、ゴミで腐った液と混ぜることでごまかすことにした。

そこで、誰もいなくなったホテルのゴミ収集場所を使うことにする。


私達が、坂上の口に液体を流し込むことも考えたが、それでは私達に異臭がついてしまう。

坂上を荷台に乗せ、ゴミ置き場に押し出し、自然にゴミ置き場に落ちていくのがいい。


私達は、ホテルの入口や1階の部屋を改造し、研究所に見せかけた。

白衣を着た研究者風の人も行き来させる。

坂上をうまく騙せたのだろう。


坂上は部屋の1室に入って行き、拉致することができた。

日本だって、今は物騒なんだよ。

警戒を怠ったな、坂上。


これで、坂上が俺達の仲間になるか、失敗して死ぬか、どちらにしても私の勝ちだ。

私達は、勝ち誇った顔で、異臭に満ちたゴミ置き場に向けて坂上を押し出した。

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