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最終決戦  作者: 一宮 沙耶
第3章 空気感染

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3話 逮捕

「そろそろ、やったと認めて早く楽になれ。お前が、昔から佐藤総理を恨んでいたというのは知っているんだぞ。今井。おまえは女性なのに、とんでもない凶悪犯だ。」


取調室にいた私は連日の取り調べに疲れ切っていた。

ドラマとかで出てくるような古めの取調室で、天井にある蛍光灯は消えかかっている。

スタンドの電球だけが狭いエリアを強く照らしている。

ドラマみたいに、この電球を私の顔に押し付けてくるのかしら。


「やってないですよ。信じてください。そもそも、つばで爆弾を固定するなんてできないでしょう。」

「爆破されたのは水素ガスで動く車で、水素タンクがトランクにあったんだよ。だから、小さな爆弾でも爆破できるって思ったんだろう。どういう仕掛けかは不明だが、不審なものはそれだけなんだよ。」

「あのときは、お土産を坂上さんが渡してましたが、そこに爆弾が仕掛けられたんじゃないですか?」

「他人に、罪をなすりつけるのか。たしかにお土産はあった。でも、お土産はお店から渡されたもので、お店には総理殺害の動機はないし、坂上さんが、そこに爆弾を仕掛けるのは不可能と警察は判断した。しかも、爆発はトランクからだと判明している。前列に置かれた、お土産のはずがない。それに加えて、お前には殺す動機もある。」


返事をしても、いつも否定しかしない。

私を犯人に仕立てるまで、ずっとこれが続くのね。

睨みつけ、大きな声で恫喝する刑事が私の顎を手で下から持ち上げる。


「そんなこと知らないですよ。そんなことより、こんな健全な市民を捕まえていないで、もっと凶悪犯人に集中した方がいいですよ。」

「何を開き直っているんだ。総理を爆破して殺すのは凶悪犯人だろう。」

「本当にやってないんですって。信じてくださいよ。」


私は、警官の高圧的な取り調べを受けながら、つばを吐いた時を思い出していた。

そう、あの会食の夜のこと。


「今井本部長、今日は、お疲れさまでした。」

「ええ、これで、またビックプロジェクトを手掛けることができますね。」


河田常務の見送りで、佐藤総理は車に乗りこんだ。


ところで、河田常務は、新入社員も社長も変わらず同じように接しているのは立派ね。

でも、それは事業をしていないからできるんだと思う。


プロジェクトを推進する上では、不満をいう社員にもやらせなければいけない。

上司にゴマをする必要もある。

河田常務は、私達の活動に寄生して楽をしているから、いい人でいられるのよ。


いつも、何やっているかわからないし、案件なんて持ってきてくれたことなんてない。

河田常務の給料って、私達が稼いだお金から支払われているんでしょう。

本当に寄生虫なんだから。


でも、私の事業を邪魔するわけでもないから、放っておくしかない。

昇格とかボーナスについて、決定権はないけど影響力がないわけでもない。

だから、会う時は、本当は軽蔑していても、一応、敬意を払っている振りはする。

私も一応、大人だから。


そのかいもあってのことか、私を役員に推薦してくれた。

途中入社のよそ者には、誰かサポートしてくれる人がいた方がいい。

その意味で、河田常務には、常に笑顔で接してきた。

もう外見だけで、おじさんは汚らしいと嫌がる年でもないし。


「総理には、いろいろな思いがあるのだろうね。総理が、昔、建設省の局長だったときに、今井さんは、その直属の部下だったもんな。その頃の総理は、成功すれば自分の手柄、失敗すれば部下のせいという典型的な人だったから、あなたも苦労しただろう。」

「聞こえますよ。」

「もう、窓を閉めたから大丈夫さ。また、だいぶ酔っ払っていたから、今のことなんて明日には覚えていないさ。それよりも、今井さんの苦労は、私には、隠さなくていいんだよ。」

「いえ、そこまででは。当時の佐藤総理には、いろいろと指導いただきましたから。」


河田常務は笑顔で微笑みかけていたけど、その目を見たときのことは忘れられない。

目の中には暗黒が永遠に続いていて、どす黒い闇があったから。そんな人だったっけ。

口からは、地響きのような音が静かに、でも力強く流れ出ているように聞こえる。


周りは、大通りで街灯がお昼のように光を照らしている。

でも、私の周りだけ、暗闇に包まれ、凍りついたようだった。

そして、私は、鳥肌が立ち、夏なのに吹雪の中で凍りついたように動けなくなった。


そして、河田常務が言っていた『苦労』という言葉が頭の中に響き渡った。

そういえば、いろいろな苦労があったと過去のことを思い返していた。


運輸省、経済産業長と連携して全国展開をした空飛ぶ自動車の企画は私のもの。

でも、それは当時の佐藤局長がすべて1人で主導したものにされてしまった。


そして、マンション建築の品質偽装問題は、私のせいということで終わった。

私は、関与した建設会社とは何の接点もないのに、許可した責任者とされた。

背後には、いつも佐藤局長がいた。


そんなことは百も承知なのに、佐藤大臣は、今日も、私に何一つお詫びもしない。

逆に、これからも自分のために働けと皮肉な目線を送る。

なんで、私は、そんな人に出会い、部下になってしまったんだろう。

佐藤大臣と出会わなければ、もっと、充実した生活を送っていたかもしれない。


「あなたを建設省から引き抜いたのは私なんだから、全て知っているんだよ。建設省の中でもとびっきりの優秀キャリア官僚だと評判だったからね。そんな人が、建設省から追い出されるなんてもったいない。」

「官僚なんて、足の引っ張り合いですから。」

「でも、当社の中では、本当によく頑張ってくれている。だから、当社では、女性初の役員として私が推薦し、就任できた。」

「その折には、ありがとうございます。感謝しています。」


それは綺麗ごと。この会社でも、苦労は多かった。

うちの会社には女性への偏見とかはない実力社会だとは思う。

でも、男性どうしのネットワークは実在し、その輪には入れないことで不利もある。


だけど、そんなこと言っていても進めないから、実績を上げるのが一番。

体がボロボロになるまで、頑張ってきた。

私は、ビジョンを描き、周囲にそれを見せて組織を前に進ませる力が人一倍強いと思う。


それは、私が理想主義者で、まずはあるべき姿を打ち立てることができるから。

現実には、例外もいっぱいあるけど、そんなことに右往左往していたら前に進めない。

変に同情したり、感情的になったら軸がぶれて、何をやりたいかわからなくなる。


最初は、現実を知らないと揶揄されるけど、正論は強く、最後は誰も反対できないもの。

そんな私は、省庁のしがらみを壊し、常に周りを引き付け、功績をあげてきた。

でも、それが私の陰に追いやられてしまった人の反感も買った。


女性の武器を使っているとか、美人だから依怙贔屓されているとかの噂も流される。

でも、そんなことに見向きもせずに、成果を上げていった。

むしろ、女性だからとバカにされないように、男性よりも努力を重ねる。


ただ、佐藤総理は当時の私の上司で、手柄を取られ、ありもしない責任を押し付けられる。

それを見た同僚が私の足をひっぱり、官庁から追い出されてしまった。

その後、建設会社で成果を上げ、役員にもなり、誰もが私に従う状況にまで持っていった。


これまでの努力は言い尽くせないけど、それなりに満足はしている。

でも、河田常務の言葉を受けて、不思議と、心の中では官僚の頃の不満が爆発していた。

お酒で酔っていたのかもしれない。


「ナイフで刺して殺すなんてことはできないけど、今、総理が乗っている車に唾を吐くなんていう、些細な嫌がらせはできるよ。普通の人は、そんなことで、気晴らしをしてるものなんだよ。やってみれば。気が楽になるかもしれない。」


私の口から吐き出された唾は、トランクの上に飛んでいき、そのまま車は走り出す。

私には、唾が飛んでいく様子がスローモーションのように感じられた。

私の不満が、体から佐藤大臣に乗り移る感覚を味わっていた。


私は、後から思うと、変なことをしたものだと思う。

でも、その時は、不思議と、河田常務のいうことを勝手に体が動いて、やっていた。

そして、横にいる営業部長の坂上さんは、私のことを不思議そうに見ている。


佐藤大臣は、スマホを見ているようで、私が唾を吐いたなんて知らないと思う。

でも、車が佐藤大臣そのもののように感じたのは不思議だった。


「どう、気が楽になったでしょう。私は、野心がある今井さんを買っているから、これからも、がんばってね。じゃあ、お疲れさまでした。」


後ろ姿の河田常務は、いつもと違い、寂しそうな、暗闇を背負っているような感じがした。

そして、近くのバーにでも1人で行くのかしら。

街灯の中を歩いて消えていった。暗闇に吸い込まれるように。


そして、翌日、私は、殺人容疑者として、警察に連行される。

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