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最終決戦  作者: 一宮 沙耶
第3章 空気感染

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1話 脳内の線虫

「これは、ひどい。脳内に、これほどの虫がいるとは。」


市中の総合病院の手術室のランプが点灯する。

計器類やメスといった金属に溢れる殺風景で広い空間の中央に手術台が横たわる。

救急車で運ばれ、手術台に乗せられた女子高生の頭に光が注がれた。


女子高生は交通事故で頭を打ち、血が流れ出て止まらない。

手術台に乗せられた頭を横に向け、看護師が、耳の後ろの髪の毛を剃る。

診察中だった脳外科医が駆けつけ、手にメスを持つ。


頭蓋骨に穴をあけ、脳内で出血した血を取り除いている最中のことだった。

血とともに出てきたのは、体長3cmほどの20匹以上の線虫。

赤色で細長いうごめく紐のような虫がそこにいた。


「人間の脳内に線虫がいたというケースはあるにはあるが、主に後進国だし、生肉をずっと食べていたとか、野生の爬虫類から感染するようなケースがほとんどだ。でも、この女子高生がそんなもの食べたり、そんな環境で過ごしているようには見えない。それなのに、どういうことだろうか。」


横の助手の目を見つめ、話しかけて目を離した時だった。

医師が手を上げ、顔をしかめる。


「痛い。手で触ったら、こんなに小さいのに、ゴム手袋を破って噛まれたみたいだ。なんだ、この生き物は?」

「まずは、この線虫を保存して調べてみましょう。先生。」

「そうだな。また、この女子高生に、記憶障害とか、何か症状がなかったか家族にも聞いてみてくれ。」

「わかりました。」


医師は溜まった血液を外に出し、目の前で蠢く線虫を排除する。

その後、女子高生の頭は丁寧に縫合されていった。

ガラスの瓶に入れられた線虫は、ガラスを割って外にでるので金属の瓶に入れ換えられる。


ご両親を呼び、女子高生の最近の生活について聞いた。

手術が無事に終わったことに安心したご両親の顔が再び曇る。

交通事故とは関係のない問題が知らされたから。


白を基調とした病院の一室に暗闇のような雰囲気が漂う。

これまでの開放感に溢れる空気が、一瞬にして闇に包まれる。

ご両親は、乾ききった唇からかすれた声を出した。


ご両親は、ここ1年ぐらい、特に不自然な様子はなかったと大きな声で答えた。

娘は大丈夫なのか、医師の腕を強く握り、不安を払拭しようとしている。

今の状況では、大丈夫そうだと伝えるとご両親はほっとした様子だった。


でも、一般的に脳内に寄生虫とかいると、記憶障害や体調異常となるはず。

どうして、この女子高生は普通に暮らしてこれたのだろうか。


線虫は専門の研究所に送られた。

そこでの調査では、現在、認識されている線虫のいずれにも該当しないという。

それ以上に、この線虫は、他の線虫のように単純構造ではないことが分かった。

ムカデ以上に複雑な構造だった。


伸び縮みする触角があり、脳内で、アブのように、触角の先の歯で噛みつき血を吸う。

その時に麻酔のような液を出し、人は痛みは感じないという。


一見したときにはザラザラという程度であったが、調べると、無数の足がある。

その足は、通常時は短いが、伸び縮みすることも分かった。

そして、その足の先にはトゲがあり、複雑に動くことができる。


更に目に相当する器官もあり、超音波を出して、真っ暗でも、自分の位置が分かる。

小さいが、かなり高度な生き物だ。


繁殖力はないようだが、長期間、人間と共生できるらしい。

いつから、この子に寄生していたのだろうか。


更に、その1匹を殺そうとしたが、300℃以上の熱でも殺傷できなかった。

逆に -200℃に冷却すると、動きは鈍るが、温度が戻ると再び動き出す。

体皮は柔軟で、針で刺し、中の養分等を吸い出すことができない。

ホルマリンの中で血を与えなかったら、動きは止まったが、殺すことはできなかった。


何なのだろうか?

脳外科医として頭蓋骨に穴を開け脳を見ることが多い。

その日を境に、この線虫が見つかった患者は増えていく。

また、原因不明で急死した患者の脳を見ると、ほぼ全員からこの線虫が見つかった。


いずれも、日頃は普通に暮らしていたようだ。

特に、ここ数年で、海外や、海、山に行って、何か異常なものに触れた形跡はない。


ただ、生き残っている患者に共通していることがあった。

いずれも、周りは全く違和感はないらしいが、声なき声に操られているらしい。

意思に反して体が勝手に動いてしまうことがあると口々に語った。


そんな人達の血液を調べると、極めて小さい球体状のロボットが見つかった。

驚くことに、脳内に線虫がいない人でも、血液中にこのロボットが見つかる。

しかも、これが線虫に成長することも分かった。


線虫は、体の情報を電波のようなもので、どこかに送信している。

まだ球体状のときには、まだ電波のようなものは発していない。

これは生き物ではなく明らかに人工物だ。何が起きているんだろうか?


脳内からこの線虫を取り除くことはできなかった。

一旦、すべて取り除いても、どこからかまたわいてくる。

全ての血を入れ替えることはできる。

でも、血管の管にしがみつく、このロボットを全て洗浄するのは不可能だった。


数ヶ月経つなかで、脳内に線虫がいる患者の多くがアレルギー症状で死んでいった。

私もアレルギーで死ぬのか、脳をコントロールされてしまうのか。

それとも、発症せずにいられるのか。いずれにしても大変な状況だ。


窓から外に目をやると、熱い夏の日で、目の前の空気は揺らいでいる。

そんな中でも、恐ろしさで寒気を感じていた。

未知の事態で何も打つ手がわからない不安に押しつぶされそうだ。

一介の脳外科医が抱えておける問題ではない。


厚労省に報告するべきだろう。ただ、誰に報告すればいいのだろうか。

広いリレーションを持つ三木建設の河田常務に相談してみよう。


河田さんは、大学時代の友人から紹介され、最近、私のところに頻繁に来ている。

ただ、来ても、いつも意味がない雑談をするだけで、何が目的なのかはよくわからない。

だが、彼の広いリレーションは使えそうだ。


「河田さん、これは恐ろしい事実です。もう、私だけで隠しておかないで、日本又は全世界一体で研究を進めないと、大変なことになるんじゃないかと心配です。明日にでも、厚労省に研究結果を報告したいのですが、誰にアクセスしたらいいでしょうか。」

「もう少し、先生が研究を進めたほうがいいじゃないですか。」


これだけの危機的な状況を聞いても河田さんは驚く様子もない。

買ってきた水ようかんを、私と自分の前に置き、食べ始めている。

どこまで図太いのかとこちらが驚いてしまう。


「私も、これまでそう考えてきたんですが、もう限界です。河田さんはいろいろな人をご存知なので、厚労省で誰に報告したらいいか教えてもらえますか。」

「そこまでおっしゃるなら止められないですね。報告先ですが、厚労省の生活衛生局の宮崎局長がいいと思います。私から先生が明日14時に、訪問されると宮崎局長に伝えておきます。霞が関の中央合同庁舎5号館の1Fに受付があるので、先生のお名前と、宮崎局長にアポを入れていることをお伝えすれば入れます。」


やっと、危機的な状況であることを理解してくれたようだ。


「ありがとうございます。私は一介の医師にすぎないから、日々、手術ばかりで、厚労省についてはあまり詳しくないので助かります。では、明日14時に宮崎局長を訪問させていただきます。」

「いえいえ、日本のためですから。先生の日々の絶え間ない探究心には頭が下がります。」


翌日昼に、私は、霞が関に向った。

電車の中は、浮き輪を持つ子供で溢れる。今更ながら夏休みの時期だと実感した。

病院に閉じこもっていると、季節を感じていなかった自分に驚く。


電車のアナウンスが霞が関と流れ、閑散としたホームに降りる。

そして、衝撃を受けたのは、駅から道路に出たときだった。

暴走した車が私に突進してきて、目の前は暗くなっていく。

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