1話 報復攻撃
「この子供だけでも助けて。」
深夜、私の街が炎に包まれ、瓦礫の山の中から叫び声が響き渡る。
声の方に目をやると、倒れたブロックの下敷きになって動けない女性が苦しんでいた。
顔はすすだらけで、最後の叫び声だったんだと思う。
駆け寄って助けようとしても、下半身が崩れたブロックの下敷きで引き出せない。
私は、彼女から目線をそらし、小さな声でお詫びの言葉を伝える。
彼女は私の足に手をかけ、声を出すこともできずに、最後の力を振り絞り私を見つめる。
私に向けて、布に包まれた赤ちゃんを差し出してきた。
赤ちゃんは火傷を負い、もう死んでる。息はしてないし、目に正気は全くない。
気づいていないのかしら。いえ、認めたくないのだと思う。
四方は火に包まれ、息を吸うだけで炎が肺に入り、体が中から焼けるよう。
私は、優しい顔を彼女に向けて伝える。
「分かったわ、安心して。」
ほっとしたのか、赤ちゃんを抱いたまま、彼女は息絶えた。
人は弱い。すぐに死んでしまう。
心も弱いから、つらい気持ちをごまかすために幻影まで見てしまう。
彼女の顔は、こんな過酷な状況なのに微笑んでいた。
大国コルトに接するアジアのギスタンの首都にコルトの戦闘機がミサイルを打つ。
ドローンも飛び回り、政治、経済の中心人物に銃弾を放つ。
親コルト派のギスタンが、コルトの領土拡大の餌食にされたとのニュースに誰もが驚く。
でも、この街が攻撃されているのは私のせい。
私がコルトを抜け出し、故郷に戻ってきたことへの報復。
誰も、そのことを知らない。
この街は、遠くに山脈を望む美しい都市で、緑と近代的なビルが並存していた。
道を歩く人の顔形は日本人そっくりと言われていて、私もそう思う。
そんな美しい都市が、今、瓦礫と悲鳴で溢れている。
ビルは崩れ果て、一面は大きなコンクリートの瓦礫で覆われている。
戦闘機から放たれるミサイルが轟音で飛び交うなか、誰もが生き残るのに精一杯だった。
ただ、私は、コルトによって、こんな中でも死ぬことができない体に変えられている。
やけどをすることすらない体。
傷ができても、すぐに治ってしまう。
体がバラバラになっても、時間とともに合体し、元の姿になる。
天まで届きそうな火柱は、私の肌を焼き付け、体に痛みが走る。
でも、やけどをしてもすぐに治る私には、痛さは感じても、ただ、それだけのこと。
そんな私からは、みんなが見ている世界も違って見える。
炎って、こんなに美しかったのね。周りの汚いものを全て隠してくれる。
黄色、赤色、青色、いろんな色がゆらいでいて妖艶。
人の魂が、最後の力を振り絞って、光を放っているようにも見えた。
一面、死体だらけの風景の中で、そんなことを思っていた。
ふと目を横に向けると、昔、足繁く通った元カレの家の前にいた。
そのガレージには、元カレが頭を銃弾で撃ち抜かれて倒れている。
無表情の顔が天を仰ぎ、ドローンの存在に気づかずに銃撃されたことを物語る。
浮気をして別れた人だから、もうどうでもいい。
でも、この国の最高権力者である首相の息子もこの有様。
もう助かる人なんているようには見えない。
私の両親が住む住宅地は、炎が渦を巻いている。
行くまでもなく、誰も生き残っていないのだと思う。
私のせいでごめんなさい。お父さん、お母さん。そして、エリー。
従わなければ、私は死ななくても、私の大切な人が皆死ぬというコルトの警告。
もう、あの美しい街並みはどこにもない。
空に、再び戦闘機の轟音が鳴り響く。
1機だけじゃなく、見えるだけでも10機はいる。
街を焼き尽くす炎の光が戦闘機の底を照らし、はっきりと見えている。
機体から、数え切れないミサイルが発射されている。
それが炸裂し、周りのビルは粉々に砕けていく。
逃げ惑う私達の命は、道に落ちている枯葉より軽い。
悲鳴はいたるところから響き渡る。
人々は必死に逃げ惑う。
私は、中央モスクの噴水の前に座り、ただ呆然と炎に包まれる街を眺めていた。
周りの人には、ボロボロの服を纏う、気がふれた女性だと見えたのだと思う。
逃げることに必死で、こんな女性なんて目にも入っていなかったのかもしれない。
そんな私は、モスクの前で、神様は結局、助けてくれないんだと諦めていた。
あれから何時間経ったのかしら。
戦闘機の音は消え、まだ火は燻っているものの、大きな火柱はなくなっていた。
どこにも人が動く気配はなく、悲鳴も聞こえない。
朝日が東の水平線から昇り始める。
朝日は、山肌を橙色に染め上げ、昨日と変わらず心をとらえる。
しかし、目の前に広がっていたのは一面の焼け野原。
圧倒的な軍事力をもつコルトの前に、生き残った人がいるようには思えない。
たった一晩でギスタンはコルトに制圧された。
そんな中、私は、死ねない体になってしまった日のことを思い出していた。
黒く焼け焦げて炭になった死体が目の前にいくつも横たわる光景を見ながら。




