第25話 転校生
それは、あまりにも唐突だった
「えー、今日は転校生を紹介する。……入れ」
担任の声に導かれ、教室の扉が静かに開く。入ってきたのは、黒髪をきっちりと結び、厚いレンズの眼鏡をかけた、およそ「華」とは無縁そうな女子生徒だった。背筋こそピンと伸びているものの、その存在感は希薄で、まるで教室の背景にそのまま溶け込んでしまいそうなほど地味だった。
「佐藤優依です……。よろしくお願いします……」
消え入りそうな小さな声。伏せられた視線。どこにでもいる、目立たない大人しい転校生――。クラスの連中は「なんだ、地味な奴が来たな」と言わんばかりに、すぐに興味を失い、それぞれのお喋りに戻っていった。
しかし。
(…………っ!?!?)
才牙だけは、椅子から転げ落ちそうになるのを必死で堪えていた。 全身の毛穴が逆立ち、裏社会の抗争で培われた「危機察知能力」が脳内で警報を鳴らし続ける。
(あ、あいつ……! 嘘だろ、俺を捕まえようとしてた、刹那とか言う魔法少女じゃねーかぁぁぁ!!!)
間違いない。眼鏡で顔の印象を和らげ、猫を被って気配を殺してはいるが、スケバン魔法少女・刹那。彼女が、偽名を使ってこの学校へ、このクラスへ「潜入」してきたのだ。
(なんで……なんでよりによってこの学校なんだよ!? ま、まさか、俺がこの近辺に住んでるってことまで絞り込んでやがんのか!?)
「佐藤さん、あそこの席が空いてるから座りなさい」
才牙は、心臓の鼓動がクラスメイトに聞こえるのではないかと思うほどの衝撃を受けていた。彼は咄嗟に机の上の教科書を立て、まるで要塞を築くように顔を隠すと、自身の存在感を極限まで消そうと必死になった。
一方で、佐藤優衣こと刹那は、伏し目がちに、いかにも「気弱な転校生」を演じながらとぼとぼと教室を歩いていく。彼女が座ったのは、一番後ろの窓際の席。そこは、教室全体を死角なく見渡せる。
(よりによって、一番後ろかよ……!)
才牙の席から彼女の姿は直接見えない。しかし、見えないからこそ、背後に潜む「猛獣」の気配が何倍にも膨れ上がって感じられた。
(……いや、落ち着け俺。バレるはずがねえ。姿形はどころか、身長も、声も、今は完全に別人だ。あいつが追ってるのは『銀髪の幼女』であって、この『目つきの悪い180センチの男』じゃねえ……!)
自分に言い聞かせ、必死に理性を保とうとする。
しかし、常に自分の背後に座り、鋭い観察眼を光らせているという事実。
それは才牙にとって、まるで装填済みの銃口を常に後頭部に突きつけられたまま、無理やり算数の授業を受けさせられているような、この上ない拷問だった。
昼休み、息苦しい教室から抜け出し逃げるようにいつもの屋上へ、心地よい風が才牙を癒してくれる。
才牙は購買で買ったパンの袋を開け、ため息混じりに相棒を呼び出した。
「なー、糞キノコ……」
「どうしたのかね、才牙くん? 悩み事なら、この『成功者』である私に相談かい?」
空間からヌッと現れたチーポの姿に、才牙は思わず食べていたパンを喉に詰まらせそうになった。
「……お前、なんだその格好は」
そこにいたのは、A級アンヴァー討伐で得た莫大な妖精ポイントを、最悪のセンスで使い果たした「欲望の権化」だった。
チーポの細い両腕には、明らかにサイズが合っていない超高級ブランドの腕時計が片腕に3個ずつ、計6個もジャラジャラと巻き付けられている。
顔面には、成金御用達のようなバカ高いサングラスをあろうことか3重に重ね掛けしており、その奥の瞳は全く見えない。さらに、昨夜のうちに日焼けサロンへ通い詰めたのか、肌(笠)の色は不自然なほどテカテカとした小麦色に焼き上がっている。
極め付けは足元だ。どこで特注したのか、眩いばかりの純金製の靴を履き、屋上のコンクリートをカツカツと下品な音を立てて歩いている。
「なんや、センスの良さに言葉も出んか? A級討伐のポイントで、ちょっと自分磨き(投資)をしたんや。これぞ『勝組妖精』のスタンダードスタイルやで!」
「……ただの『成金趣味のクソキノコ』にしか見えねえよ。サングラス3つも付けて前見えてんのか、それ」
「心眼で見てるから問題ないわ!それより才牙何の用や?」
「……魔法少女が一人、転校してきたぞ。あのスケバン女だ」
才牙がポツリと漏らした言葉に、チーポは三重に重ねたサングラスをズラし、成金らしい嫌らしい手つきで腕時計を眺めながら答えた。
「ほーん、バレたんか? 」
「……いや、たぶん違う。あいつ、教室じゃ俺の方を意識してなかったしな。多分、俺がまだこの地区に潜伏してると踏んで、転校してきたんだろうよ」
3回アンヴァーと戦った中で、校内で戦った事が1度ある、魔法科がここを捜査しに来るのは必然であったであろう、まさか魔法少女がくるとは思わなかったが。
才牙は、背後に迫る「調査の網」を幻視して顔をしかめた。対照的に、チーポは黄金の靴をブラつかせ、どこか他人事のように鼻を鳴らす。
「まぁ、ワイとしては才牙が変身して戦ってくれるんなら、魔法科だろうが魔法少女だろうが、どう動こうともどうでもええわ」
「……言っとくがな。もし万が一、俺が『サイカ』だってことがあいつらにバレたら、俺は二度と戦わねえぞ。 たとえ目の前に特A級が現れようが、指一本動かさねえ」
「………………はっ?」
チーポの動きが、凍りついたように止まった。 「稼げなくなる」。その一言は、金の亡者である彼にとって、宇宙の終わりを告げる宣告に等しかった。
「ははは!才牙、冗談に決まっとるやろ!何としても才牙の秘密は、このワイが命に代えても守り抜くでーーー!!! 誰にも一歩も近づかせへん!」
「(……いつか、絶対にこいつ殺す……)」
さっきまで「どっちでもいい」と言い放っていた相棒の、あまりにも露骨すぎる豹変。才牙の視線は、もはや「相棒」を見るものではなく、害虫を見るようなものへと変わっていた。
だが、このクソキノコの「欲望への忠実さ」だけは本物だ。これで少なくとも、内側から正体が露見する危険性は(チーポの保身によって)最小限に抑えられたと言えるだろう。
「行くぞ。昼休みが終わる」




