第24話 熱狂と暗躍
魔法科日本支部からの脱出から数日。平穏を取り戻したはずの才牙だったが、学校への道すがら、日を追うごとに強まる「ある異変」に眩暈を覚えていた。
第七地区は今や、空前絶後の「サイカ」ブームに飲み込まれていた。
「……なんだよ、これ……」
商店街を歩けば、至る所の壁や柱に、戦闘中の「彼女」を捉えた写真が貼られている。その多くは通行人がパニックの中で撮影した盗撮紛いのものだが、解像度の低さが逆に「神秘的」だと評判を呼んでいた。
さらに、日を追うごとに無許可で作られた怪しげな非公式グッズが氾濫し始めていた。あちこちの露店では、銀色の髪をデフォルメした二頭身のキャラクターぬいぐるみ、通称「サイカぬい」が所狭しと並べられ、飛ぶように売れている。
「はい、いらっしゃい! 『第七天使饅頭』、焼きたてだよー!」
「ここが天使様が戦った聖地かー! ご利益ありそうね、おばちゃん、1個頂戴!」
三度に渡り第七地区を壊滅の危機から救った「彼女」は、いつしか巷で“第七天使”という、あまりにも仰々しい名で呼ばれるようになっていた。街の人々にとって、サイカはもはや単なる魔法少女ではなく、信仰に近い感謝の対象になりつつあった。
才牙は、目の前を歩く女子高生たちが「サイカちゃん、マジ天使だよねー」と笑い合いながら、自分の女体化デフォルメ人形を鞄に誇らしげにぶら下げている光景を見るたびに、胃の底からせり上がる叫びを喉元で必死に堪えた。
「聖地」と化した商店街の喧騒。自分の「屈辱の姿」が、街の平和の象徴として消費され、特産品へと昇華されていく。才牙のプライドは、いまや「焼きたての饅頭」の湯気と共に、空高く消えていこうとしていた。
――第七地区の教室が、無邪気な熱狂に包まれている頃。 海を隔てたとある魔法科では、重苦しい空気が漂っていた。
薄暗い執務室で、モニターに映し出された「サイカ」の戦闘映像を見つめる男――支部長が、低い声で唸る。
「まさか、A級のソロ討伐とはな……」
本来、A級アンヴァーは魔法少女チームが総出で当たるべき災害である。それを、たった一人の幼女が無傷で処理した事実は、各国の軍事バランスを根底から覆すものだった。
「いかが致しますか?」
局長は、モニターの中の美しく儚い少女に対し、一切の慈悲を含まない命令を下した。
「スカウト、または拉致しろ。あの国に、これ以上戦力が増えるのは好ましくない」
日本支部には既に、アンヴァー対策のノウハウが蓄積されている。そこに「戦略級」とも呼べる個の力が加われば、発言力は肥大化するだろう。
「世界情勢のバランスが崩れる恐れがあると?」
「そうだ。我々が管理できない『核』など、存在してはならない」
局長は、煙草の煙を吐き出しながら、冷酷に付け加えた。
「確保が不可能、あるいは日本側に完全に囲い込まれるようであれば……場合によっては"殺せ"」
「…御意」
「第七天使」への熱狂の裏で、世界は彼女を「守るべき少女」ではなく、「排除すべき脅威」として認識し始めていた。




