第18話 過酷な尋問
才牙は、両サイドを葵と刹那という公認魔法少女にガッチリとガードされ、逃げ出すことなど到底不可能な「特別面談室」へと連行された。厚い壁に囲まれ、窓一つない密室。そこは、魔法科が重要参考人を「保護」するための隔離空間だった。
いまだ銀髪の幼女の姿のままである才牙は、椅子に座らされ、心臓が口から飛び出しそうなほど激しく打ち鳴らされていた。視線は泳ぎ、指先は小刻みに震える。
その様子を、戦いの恐怖によるパニックだと誤解した葵が、安心させるように才牙の小さな体に合わせて優しく屈み込み、顔を覗き込んだ。
「いきなり連れてきてごめんね。えっと、私は葵って名前なんだけど……貴方のお名前、教えてもらえるかな?」
隣で壁に寄りかかる刹那も、ぶっきらぼうながらも気遣うように声を出す。
「あーしは刹那だ。……まぁ、よろしくな」
本名を名乗れば最後だ。「辰宮才牙」という悪名高い男の存在と、目の前の可憐な幼女が結びつく。万が一、同一人物だとバレれば、社会的な死どころか、この魔法科でどう扱われるか分かったものではない。
才牙は、極限状態の中でオーバーヒート寸前の思考をフル回転させ、喉の奥から絞り出した。
「さ、さい……(本名はまずい! 絶対に隠さねえと……! )……か……」
咄嗟に出たのは、本名である「才牙」から、濁点を取っただけの「さいか」という名前だった。
「サイカちゃんね! 貴方にぴったりな可愛いお名前! よろしくね、サイカちゃん」
葵が花が咲いたような最高の笑顔を見せる。 「サイカちゃん」――。それは、これまでの人生で一度も呼ばれたことのない、そして最も自分に相応しくないはずの「可愛い」呼称だった。
(しにてえええええええ!! 誰かいっそ殺してくれええええ!!!!)
内なる番長の咆哮。しかし、外側の幼女は、ただただ顔を真っ赤にして俯くことしかできない。その「恥じらう姿」が、さらに葵たちの庇護欲を加速させていることにも気づかずに。
「サイカ……。ふん、まぁ悪くねぇ名前だ」
刹那までもが、少しだけ口角を上げて呟いた。 最強の喧嘩屋・辰宮才牙。彼は自らの策により、魔法科における魔法少女の公式名称として『サイカ』で登録されてしまうという、墓穴を掘ったのである。
才牙はその後も、葵から「好きな食べ物は?」「学校は行ってるの?」「お姉ちゃんはいるの?」「お姉ちゃん欲しい?」といった他愛?もない話を振られ続け、幼女特有の高くて甘い声でおどおどと答えるという、魂が削れるような屈辱の時間を過ごしていた。
(うう……戦闘中はテンションが上がって気にならなかったけど、自分の声が幼女すぎる。なんだこれ、本当に俺の声か? 死にてぇ……)
心の中で番長が枕を濡らしていると、重厚な扉が静かに開き、世界政府直属魔法科日本支部の頂点、柊詩音が姿を現した。彼女はモニター越しに見た「天使」を目の当たりにし、その白磁の肌に残る生々しい傷跡と、あまりにも華奢な体躯に改めて胸を突かれた。
「待たせてすまない。葵くん、刹那くん。この子の保護、感謝するわ。……ええと、お名前は?」
「サイカちゃんだそうです、部長!」
葵が弾んだ声で答えると、柊は椅子に深く埋もれるように座る才牙へ、慈愛に満ちた眼差しを向けた。
「そうか。サイカくん、と言うのね。……早速だけど、君は『魔法科』という組織について、知っているかしら?」
才牙は、魔法科がアンヴァーと戦う公務員集団であることくらいは一般常識として知っていた。彼は震える肩をすくめ、こくん、と小さく頷いた。
「……うん」
「そう。では、魔法少女の『認定手続き』については知っているかしら?」
(認定?魔法少女って妖精と契約して魔法使えたら勝手になれるもんじゃねーのか。……そういや、小学校の社会科か何かでそんな授業があった気もするけど、絶対寝てたわ……)
「……難しい事は……わかんない…」
俯きながら消え入るような声で答える才牙。 その「無知」に触れた瞬間、柊部長の脳内では猛烈な勢いで悲劇のプロファイリングが更新されていった。
(……この若さでこれほどの戦闘能力を持ちながら、制度はおろか義務教育レベルの知識すら欠落している。おそらく、まともな家庭環境になかったか、社会から隔絶して生きてきた可能性があるわね……)
柊は、優しく、そしてどこか悲しげに微笑んだ。
柊部長は、「サイカ」が自分の言葉を拒まず、素直に耳を傾けている様子に安堵した。彼女にとって、この少女は傷ついた小鳥のような存在だ。驚かせないよう、最大限に優しい声で語りかける
「簡単に言うとね、サイカくん、君のように認可……『登録』と言った方がわかるかしら? 私たちのところに登録していない魔法少女は、世間から『悪い子』扱いされてしまうの。サイカくんも、そんな風に言われるのは悲しいでしょう?だから登録して欲しいの、いいかしら?」
才牙の脳裏には、これ以上面倒なことに巻き込まれ、魔法科……もとい国家にマークされ続けるのは御免だ。才牙は、早くここから解放されたい一心で、こくんと力なく頷いた。
「……うん」
「わかってくれたのね。ありがとう、サイカくん。本当に賢い子だわ」
笑顔を向けなが、サイカを褒めたたえる柊、まるで幼子の様な扱いに、才牙の自尊心はボロボロと崩れ去っていく(実際今は幼女だが)。
その間も、葵は「かわいいねー」「ちっちゃいねー」「さらさらだねー」と目を細め、まるで仔犬を愛でるように、才牙の頭や背中を優しく撫で回していた。
隣に立つ刹那もまた、我慢できずにこっそりと才牙の頬を指先で突いていた。指を押し返してくる、吸い付くようなぷにぷにとした柔らかい感触。
(……くっそ。なんだこの弾力。……しかし顔が良すぎるだろ、こいつ。)
才牙は、逃げ場のない密室で繰り広げられる、このあまりにも屈辱的なスキンシップの嵐に、ひたすら耐え忍んでいた。
(う、ううう……。どいつもこいつも、俺の体をなんだと思ってやがる……。早く……早く終わってくれ……! 誰でもいいから助けてくれええ、チーポ!チーポの野郎を今すぐ叩き起こしてくれぇ!!)
最強の番長・辰宮才牙。 彼の誇りは今、ぷにぷにと音を立てて削り取られていた。




