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第15話 決戦

八岐大蛇を思わせるA級アンヴァーは、自身が完全に*バリア(才牙のケージ)*に閉じ込められたことに激昂した。


アンヴァーは縦横無尽に破壊のレーザーを放つが、その全ての攻撃はバリアに阻まれ、才牙とアンヴァーを囲む『シャボン玉』の中で激しく弾け飛ぶだけだった。外には火の粉一つ漏らさない。

八つの首と十六の目が、自らを閉じ込め、自慢の破壊力を無効化した豆粒ほどの幼女を、明確な敵意と共に睨みつける。 怪物は、この幼女を自分を脅かす存在として、完全に「排除対象」と認めた。


八つの首は、八方向から才牙の小さな体を噛み殺そうと、弾丸のような猛烈なスピードで襲いかかる!

しかし、才牙は、数多の修羅場で培った天才の喧嘩勘で、その全てを紙一重で回避する。


「やっとこっちを向いたか! 蛇野郎!!!」


才牙は、A級アンヴァーとの激闘の中で、最高の喧嘩ができる喜びに満ちていた。その口元に浮かんだのは、番長としての極悪な笑み。


しかし、その美しくはかなげな容姿と、極限まで研ぎ澄まされた集中力が相まって、その悪党のような笑顔は、まるで宗教画のような神々しい美しさを放っていた。


A級アンヴァーという極限の脅威は、才牙の感覚を、さらなる領域へと押し上げた。 バリアの中で繰り広げられる激闘の中で、彼の知覚はもはや人間を辞めていた。


空気の流れ。 八つの首が風を切る音。 十六の目の視線。 怪物の息遣い。


その全てが、才牙の脳に直接流し込まれ、瞬時に処理される。その結果、彼の回避は、柊部長が誤認した通り、完全に未来を読み切っているかのような、流麗で無駄のない動きとなっていた。

そして、才牙の感覚が完全にこの規格外の速度に同調した瞬間、反撃へと転じる。

「隔絶魔法」などという高尚なものではない。ただの魔力を拳に凝縮しただけの、剥き出しの鉄拳。

その小さな拳が、巨大な八岐大蛇の一つの首へと叩き込まれる!


ドッゴォォォォンッ!!!


腹の底に響く轟音と共に、一撃で大蛇の首の一つが跳ね上がり、苦悶の悲鳴を上げる。




――アンヴァー警報の中、避難は続いていたが、校舎の時と同じく、逃げ遅れた人々が何故か足を止め、上空に浮かぶバリア内の戦いに魅入っていた。

彼らの目には、豆粒のような幼女が巨大な怪物と対峙し、周囲に欠片ほどの被害も出さないよう、完璧に空間を遮断して一人孤独に戦っている姿が映っていた。

才牙にとっては「完璧」の回避でも、その紙一重の動きは、周りから見れば、いつ触れてもおかしくない綱渡りのような、見ていて心が締め付けられる戦闘だ。


逃げ遅れた人々は、危機を忘れ、天を仰ぎ、その小さな英雄に対して喉が張り裂けんばかりの声を上げ始めた。


「負けるな! 天使様!!」「がんばれー!!」「 天使様!!愛してます!!」


この異様な熱狂は、魔法科日本支部の巨大なモニターにもライブ映像として映し出されていた。

柊部長は、才牙の命を削るかのような壮絶な立ち回りと、敵を絶対に外に出さないという「鉄の意志」を感じさせる戦いに、デスクに身を乗り出して魅入っていた。


「……何という覚悟……何という献身……」


柊の目には、「命を魔力に換えている」悲劇の少女が、「これ以上、街に一人の犠牲者も出さない」という崇高な使命感のために、自ら逃げ場のない密室を選び、死力を尽くしている姿に見えていた。


そして、その凄惨なまでに美しく儚い戦闘の光景は、柊に「支部長」という立場を忘れさせる、個人的な感情を抱かせた。


「そして何より……美しい」


柊部長の指先が、モニターの中の少女を救うかのように震えていた。彼女は心の中で決意を新たにしていた。この少女が命を燃やし尽くす前に、何としても魔法科の保護下へ――いや、自分の手元へと、確保しなければならない、と。



――A級アンヴァーの急所を的確に殴り続ける才牙であったが、その手応えは岩盤を叩いているかのように硬い。


「ちっ! 硬えなコイツ……! 再生もしやがってラチが明かねえ!」


抉り取った肉が即座に再生し、再び鎌首をもたげる大蛇の姿を見て、チーポがまたしても鼓膜を引き裂くような絶叫を上げた。


「言わんこっちゃない! 物理攻撃が効かへんバケモノなんや! 頼むから逃げるんや、才牙ー!!!」


才牙はチーポの悲鳴を完全無視し、冷徹に「いかにしてこのA級の硬度を上回るか」を思考していた。理屈ではない。拳に伝わる反動から、相手の「構造」を見極めようとしていた。


「もっと魔力を込めねえと……だが、どこから持ってくる?」


自身の周囲、スカイブルーに輝く巨大なバリアの壁を見回す。そして、彼の喧嘩屋としての天才性が、魔法の仕組みを本能的に理解した。


「そうか。このバリア、無駄に広げすぎてんだな。守る範囲が広けりゃ、それだけ魔力を消費する……ならッ!」


才牙のアイデアを察知したチーポが、恐怖に顔を引き攣らせて戦慄する。


「アホかー! 逃げ場がなくなるやんけ! 自分で自分を袋小路に追い込むつもりかぁー!!」


チーポの叫びも虚しく、才牙は意志の力でバリアを急速に収縮させていった。山のような巨体を誇る大蛇が、四方から迫るバリアの壁によってミシミシと圧迫されていく。

バリアを維持するために分散させていた膨大な魔力が一点に集約され、才牙はその溢れ出したエネルギーを、すべて自身の右拳へと流し込み始めた。

 当然、バリアを狭めたことで、大蛇の牙を回避するための行動範囲も極限まで狭まる。大蛇の攻撃はさらに苛烈さを増し、才牙はそれを極限の距離――文字通り、髪の毛一本分が触れ合うかのような超至近距離で回避し続ける!


この、指先一つ狂えば即座に肉塊に変えられる「死と隣り合わせ」の極限状況。 それこそが、伝説の喧嘩屋・辰宮才牙の闘志を、過去最高潮にまで高めた。


「きたきたきたぁぁ――ッ!! これだよ、この感覚だ!!」


才牙のテンションはMAX。瞳には凶暴な輝きが宿り、銀髪が魔力の余波で激しく逆立つ。 一方、その肩に必死にしがみつくチーポは、もはや恐怖と絶望で白目を剥き、言葉にならない絶叫を上げ続けていた。

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