第11話 魔法科日本支部
柊部長が動画を分析している静謐な部屋に、いかにも「魔法少女」らしい装飾の施された長い杖を携えた少女――*葵*が入ってきた。
彼女は、直近二度にわたりアンヴァー討伐の現場に急行したものの、現場に到着した頃には既に才牙によって怪物が「処理」された後だったという、不運な無駄骨担当である。
「どうですか〜、柊さん? その……『野良』の正体、分かりそうですか?」
「葵か。……この子はとんでもないね」
柊は、動画から目を離さず、デスクに映し出された戦闘ログの数値を静かに分析し続けた。
「これほど高い出力を維持しながら、魔力の波形が極めて安定している。一切の乱れがない。それに、この子は、複数の隔絶魔法を持っているわ」
その言葉を聞いた瞬間、葵は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「隔絶魔法!?!? あんなの、数十年に一人か二人が発現するかどうかの超希少魔法ですよ!? それを複数……?」
隔絶魔法とは、発現すればS級アンヴァーへの対抗策にもなりうると言われる、人類の至宝とも呼べる力の総称だ。
「まずは、このシャボン玉のようなバリアだね。これはおそらく『空間遮断』の魔法だよ。見た目の薄さに反して、アンヴァーの攻撃を完全に無効化しているだけではく、中の衝撃波や音や匂いまで通してないように見える、防御力が異常すぎるわ」
(※実際はチーポ曰く、ただの「薄いバリア」である)
「それと、この的確すぎる回避。アンヴァーの予測不能な攻撃を、まるで知っているかのように紙一重でかわして、さらに的確なカウンターまで入れているわ。……おそらく、短期的かつ高精度な『未来予知』の魔法ね」
(※実際は、ヤクザとの抗争や200人の不良との実戦で培われた、ただの「死地を潜り抜けた喧嘩勘」である)
「そして、あの身体能力。幼い四肢で巨大なアンヴァーを殴り飛ばす強化魔法も、隔絶魔法ではないにせよ、極めて高レベルの魔力循環を行っているわ」
柊部長の立て板に水の如き分析に、葵は青ざめた顔で言葉を詰まらせた。
「いやいや、柊さん……。そんな超高度な魔法を、同時に複数展開するなんて、人間業じゃありませんよ。魔力回路が焼き切れますって!それに、そもそも魔力だって……」
葵の指摘に、柊部長の顔には、冷徹さを通り越した悲劇的な確信の色が浮かんだ。
「……ええ。だからこそ、結論は一つよ。おそらく、この娘は――『自らの命』を魔力に換えている」
「!?!?」
葵の絶句を余所に、柊は確信を持って言葉を続ける。 隔絶魔法を複数同時展開する負荷は、常人の魔力量では到底賄えない。ならば、不足したリソースをどこから補填しているのか。柊の導き出した理論的な回答は、自らの魂や寿命を薪として燃やし、無理やり規格外の力を引き出しているという、あまりにも悲痛な自己犠牲だった。
「そんな……! あんなに小さい子が、命を削ってまで、たった一人で戦ってるっていうんですか!?」
「そうでなければ説明がつかないわ。あの、どこか悲しげで、歓声から逃げ出すような振る舞い……。彼女は、世界を救うために、明日をも知れぬ命を燃やし続けているのよ」
(※実際は、美幼女になった羞恥心で泣いており、正体がバレるのが怖くて逃げただけである)
「至急、彼女を保護しなさい、葵。これ以上の戦闘は彼女を死に至らしめる。この子は、もう長くは持たないわ……」
「……っ! はい! 了解しました!で、でも、どこに居るのか……。手掛かりはあの動画と、現場の支離滅裂な証言だけですよ」
葵は、モニターに映る「命を削る幼女」の居場所を特定できない焦燥感に、思わず声を荒らげた。早く見つけなければ、彼女の命が尽きてしまう。そんな強迫観念が、正義感の強い葵を突き動かしていた。
柊部長は、一度動画を止め、静かに目を閉じて戦術的な思考を巡らせた。
「……おそらくだけど、この娘はこの『第七地区』を拠点にしているんだと思う」
「なぜそう言い切れるんですか?」
「前回と今日のログを見て。彼女は校内でアンヴァーを倒した後、隣接する第八地区や第六地区に現れたアンヴァーの討伐には一切動いていない。」
柊は目を開け、冷徹な光を湛えた瞳で葵を見据えた。
「これは彼女が、組織的なヒーロー活動をしているわけではないことを示している。彼女が動くのは、あくまで自分のテリトリー、あるいは『身近な場所』に脅威が現れた時だけ。極めて行動が限定的かつ局地的なのよ」
(※実際は、ただ単にチーポに強制変身させられ、自分が巻き込まれた時だけ戦わされているだけである)
柊の鋭い考察を聞き、葵の脳裏に電光が走った。
「じゃあ……もしこの辺りで再びアンヴァーが出れば……」
「ええ。彼女は『自分が守るべき日常』を守るために、また現れるはずよ」
葵は拳を握りしめ、「薄命の幼女」を救い出すべく、使命感に目を燃やした。
専門家の完璧なロジックによって、「余命幾ばくもない悲劇の聖女」へと祭り上げられた才牙。
その頃、当の本人は自宅の布団の中でゴロゴロとのたうち回っていた。




