第10話 SNSの恐怖
才牙は、生徒たちの歓声と視線から逃れるように、校舎裏の人目につかない場所へと隠れた。
そこで、すぐにチーポを呼び出す。
チーポは「ワイ参上やでー!」とふざけた返事とばかりに、すぐに目の前に現れた。才牙は、すぐさまチーポに要求する。
「アンヴァーを倒したんだ!すぐに戻せ!」
「ハイハイ、わかっとるがな」
やれやれとジェスチャーを取りながら、チーポは解除魔法を発動させ、才牙は元の男子高校生の姿へと戻る。変身が解除された瞬間、才牙は、物理的な疲労と、「美幼女の姿で人前で戦った」という精神的ダメージにより、その場に項垂れてしまった。
「お、終わった……」
その声には、勝利の喜びなど一切なく、疲労感だけが滲んでいた。
一方、チーポは才牙の疲労など一切気にしない。
「うっひょおおおお! 今回も妖精ポイントたんまりやー!!!」
チーポは、勝利の報酬として得られた妖精ポイントの多さに、よだれを垂らしそうな勢いで狂喜乱舞する。
それから十数分後。警報が解除され、生徒たちが地下格納から戻り始めた頃、現場には正規の魔法少女が再び到着した。
しかし、現場は異様な熱気に包まれていた。アンヴァーがいた場所には、瓦礫が残るものの、生徒たちの間で「天使様!」というコールが、まるでアイドルのライブのように飛び交い、冷めやらない熱狂が支配していたのだ。
魔法少女たちは、この事態に驚きと困惑を隠せない。
「被害の小ささ、討伐の速さ……この前のアンヴァーを倒したノーマッドと同一人物に間違いないわね」
魔法少女たちは、瓦礫の範囲が極めて限定的であることから、前回と同一人物と断定した。
彼女たちは情報提供を求めるが、集まる情報はあまりにも支離滅裂だった。
「天使様を見た!」
「銀髪の幼女だった!」
「めちゃくちゃ可愛いのに怖かった!」
**「天使」**「幼女」**など、**正規の報告書に書けるような碌な情報は一切集まらなかった。
「しょうがない。この状況、柊さんに報告するしかないわね」
魔法少女の一人が溜息をつき、携帯を手に取った。
学校から人目につかない自宅へと帰り着いた才牙は、「夢だった」と自己欺瞞することもできず、自室の床に魂の抜けた抜け殻**のように横たわっていた。
「終わりだぁ、もうおしまいだぁ……」
永遠の契約、指パッチンで強制変身、そして幼女の姿で人前で喧嘩。才牙にとって、今日起きたことは人生最悪の悪夢だった。慌てて帰宅してきた母が才牙に話しかけても上の空の返事しかせず、夕飯を食べて風呂に入った後、泥のように眠るのであった。
そして、才牙が自室で絶望に打ちひしがれている間にも、その「悪夢」は光速で世界中に拡散されていた。 マンモス校という環境が仇となったのだ。校舎の至る所から生徒たちがスマートフォンを向けており、複数のアングルから撮影された戦闘シーンは、瞬く間にSNSや動画サイトで大バズりしていた。どの動画も、既に再生数は数十万を超え、その勢いは止まらない。コメント欄には、世界中の人々からの反応が寄せられていた。
「あまりにも美しすぎる」
「超絶可愛い!天使降臨!」
「この子を守るためなら何でもする」
容姿に関する事か、庇護欲を掻き立てるコメントが大半を占める中、一部には、才牙のクレバーすぎる戦闘スタイルを分析する声もあった。
「戦い方がクレバーすぎる。自分とアンヴァーだけを囲って戦うのは、あまりにも危険。まるで自殺願望者ではないか?」
「幼く儚い容姿の少女に、こんな戦いをさせている事への忌避感がすごい」
才牙は、一躍世界的なセンセーションを巻き起こし、世論の倫理的な議論の中心に立たされてしまったのであった。
世界政府直属魔法科(アンヴァー対策本部)――
それはアンヴァーという地球規模の災厄に対し、国境の枠組みを超えた即応体制が必要であるという理念のもと設立された、人類史上最大級の国際組織である。
魔法少女として覚醒した者は、基本的にこの機関の管理下に置かれ、その力を行使する。一方で、組織に属さない【ノーマッド】の摘発や処罰も、彼らの重要な職務であった。 もちろん、水面下では特定国家が秘匿する「お抱え魔法少女」の存在など、完全な一枚岩とは言い難い。しかし、最高ランクである【S級アンヴァー】の討伐には、国を超えた複数の魔法少女による連携が不可欠であるという過酷な現実が、各国に協調を強いていた。
そんな巨大組織の日本支部。 その頂点に立つ支部長、*柊 詩音*は、静寂に包まれた私室のデスクで、世界的な再生数を叩き出している「銀髪の魔法幼女」の戦闘動画を、瞬きも忘れて食い入るように見つめていた。
「自発的なバリア展開からの、完全閉鎖空間への誘い込み……。アンヴァーの猛攻を紙一重で回避しながら叩き込む、正確無比なクロスカウンター。……常軌を逸しているわね」
彼女の鋭い眼差しは、世間が熱狂する「天使のような容姿」には目もくれない。その視線が射抜いているのは、幼女の肉体に宿る戦闘の合理性と、暴力的とも言える格闘精度の高さだ。
「被害の小ささも納得ね。対象を『隔離』して、その内側だけで全ての衝撃を処理している。そして、何よりこの防御膜……」
柊部長は、画面の中で輝く薄いシャボン玉のような膜を指でなぞった。
「既存の魔法では説明がつかない。既知の魔法少女のそれとは一線を画している。……これはもはや、通常の魔法ではないわ」
彼女は深く椅子に背を預け、冷たい青い瞳を細めた。 このままこの「特異点」を野放し、他国に奪われれば日本の、ひいては組織の軍事バランスが崩壊する。
「この子は、是が非でも、こちらの管理下に保護しなければならないわ。……たとえ、その翼を折ることになってもね」




