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工房フェアリーテイルのオシゴト事情  作者: 綴伝助


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4.人生の終わりが終わり



 覚めきらない蔵人の意識を無理やり覚醒に導くかの如く、ドアノッカーが滅茶苦茶に鳴り響き続けていた。


「おーい3代目!いるんだろー!早く開けてくれよー!」


 外からは聞き覚えのある常連のダミ声。扉の向こう側で近所迷惑も顧みず叫んでいる。


「うるさい…」


 店舗兼住宅になっている建物の構造的に、居住スペースまで移動してしまえばここまでうるさくないことはわかっているのだが、気づけば今日も店のカウンターで一夜を明かしてしまった。


(もう、放っておいてくれ…)


 怒鳴り返す勇気はなく、心の中だけで呟いた。居留守を決め込んで、ベッドから持ってきた毛布を頭から被り直す。


 防犯用に強化された扉だ。屈強なダンジョナーであっても、入ってくることはできない。


 どこからか噂を聞きつけて、何人かの常連客が代わる代わる来てくれているようだが、彼らも仕事があり、生活がある。また今日も時間になれば書き付けを残して消えるだろう。


「こんな俺のためにご苦労なこった…」


 案の定、しばらくしてドアの手紙受けから入り込んできた書き付けは、その他の手紙に合流した。手に取る気力も捨てる勇気もないせいで、溜まる一方だ。


『蔵たん!今までありがとう!お疲れ様!』


 唐突に切って捨てられて、10日が過ぎた。未だ、夢どころか白昼夢すら頭をよぎる。


 何故、どうして。と自問自答したところで応えがあるはずもない。分かっているのに、ぐるぐると同じ場所を行ったり来たりして一日が過ぎていった。


 扉の向こうから、鈴を転がしたようなあの声が聞こえるんじゃないかという希望を捨てきれないまま。


『一日休めば指先が鈍る。二日休めば手が固まる。三日休めば、魔素が滞る。』


『商品じゃなくたっていい、大きのものじゃなくたっていい。一日一個は魔素を使って何かを作り上げるんだよ。』


 師匠である祖母の教えを忘れたわけではない。けれど素材を前にしてもどうしても手が動かなかった。そしてそのまま10日。教えの通りであれば、魔装具師としての自分はもう終わっている。


 魔装具は繊細な調整の上に成り立つ道具だ。


 ダンジョンから産出される魔素を帯びた素材を用いて組み合わせ、形作っていくのが魔装具だ。接着には技師の魔素を纏わせた糸や鋲などを用いるが、それをいかにうまく処理するかで性能に大きな影響が生じてくる。どんな小品であったとしても集中できない時に片手間で作れるような一品ではない。


(いっそ店を畳んでしまえば、常連客ももう諦めるだろう。そうしてしまおう…)


 そんな思いに囚われながらも、けれど体は全く動かない。蔵人は投げやりの極地にいた。


 再び訪れた静寂に、また意識がぼんやりとしてきた。それに身を委ねてもう一眠りしてしまおうかと、蔵人が瞼を閉じかけたその時だった。


ーーコツコツコツ。


 穏やかな一定のリズムが響く。力任せにノッカーを叩きつける常連客達とは違うそれに、蔵人はふと扉に視線を向けた。


ーーコツコツコツ。


 今までとは違い、こちらの反応を伺いながらも控えめに存在を主張するような叩き方に、思わず体を引っ張られる。


「いらっしゃらないようですね…。この時間は開いていると伺ったのですが」

「カーテンも閉まっているし、臨時休業なのではなくて?」


 けれど扉向こうから微かに聞こえてきた声は期待とは違ったものだった。


 蔵人の体は再び重さを思い出したかのように座面に沈み込む。衝撃で開業当初から置かれている古椅子が文句を言うかのように小さく軋んだ。


「む。人の気配がするな」

「兄さん、なにを、…


ーーガッ、ギッ、バキッ


 なにをぉ…!」


 悲鳴混じりの女性の嘆きと同時に、一筋の光が入り込んできた。


「いや。扉が閉まっていたからな」

「あらあら…」

「閉めていたんです。閉まってたんじゃなくて、閉めて、いたんですよ…!」


 わいのわいのやり取りしながら、扉の向こうから現れたのは、なんかよく分からんほどの美形(多分少年)が一人、春画から飛び出てきたような姉ちゃん一人、その背後で頭を抱えている苦労人っぽい少女が一人。


「邪魔するぞ、店主」

「も、申し訳ございません…!ちょっと力を込めたら、曲がって壊れて開いてしまったようでして!」


 一番後ろから入ってきた片眼鏡をかけた少女だけがコメツキバッタのごとく謝っているが、他二人は店の壁沿いに置かれたショーケースの魔装具を興味深そうに見て回っている。


「あんた一体…」


 全額弁償いたしますので!と少女が言っている声が遠く聞こえる。


 視界に入るのは、防犯用に強化された魔道具である扉と、それを()()()()の力で破壊した少年(仮)だ。


「私はジオノイド・フォン・ジークハルトである。魔装具を購入しにきた」


 フルオーダーメイドの高級品である魔装具をそこら辺のパン屋のパンを買いに来たような口調で買い求めてくる。

 容姿に似合わず、やけに偉そうなた立ち振る舞いである。


(防犯にめっちゃ強化したってばあちゃん言ってたよな…?扉が壊れる時は家がなくなる時、とか物騒な自慢聞いたことあるしなぁ…?)


 それゆえ、Aランク以上の常連客でもってしても力づくで開けることが叶わず、ドアノッカーをかき鳴らすことしか出来なかったというのに。


 サクッと壊して入ってきている、こいつナニ?


「いや、え、えー?」


 10日前よりさらに訳がわからない状況に置かれ、人生終わったとジメつき自分に酔っていた気持ちはすっかりどこかへと消失していた。それどころか、言語機能も著しい低下を起こしている。

 


 

 ダンジョン誕生から1200年。魔装具が生まれて80年。

 技術革新によって、老いも若きも、男も女も関係なく、ダンジョナーが群雄割拠する時代。


 そんな時代の急先鋒となるダンジョナーと魔装具師の歴史はあまりに唐突に始まった。




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