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工房フェアリーテイルのオシゴト事情  作者: 綴伝助


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2.人生の始まりの始まり


 佐伯(サエキ) 恵良(エラ)の人生は至って平凡だった。


『エラ…鰓?』

『鰓?魚の?』


 などと、外国かぶれの父が外国語の音から捩ってつけた名前をイジられる以外は、至って普通の人生だった。


 普通すぎて、退屈な人生だったと言い換えてもいい。


 今、誰しもが大なり小なりの関心を寄せているダンジョナーと関わるギルド受付の職を得て、この人生に変化が出るのかもしれないと予感が過ったが、予感はただの希望的観測に過ぎなかった。


 16歳から働き続けて早9年。


 最近は休日はおろか、出勤の際の行き帰りですら、新しい求人の広告ばかり探している自分がいる。


「おはようございますー…」


 当たり前だけれど、この仕事、毎日毎日、あらゆるダンジョナーと顔を突き合わせる。


 最初は何か劇的展開が訪れたりしないかなんて淡い期待も持っていたりしたけれど、自分は変わらず平々凡々だし、彼らもただの人間に過ぎないと就職して半月で現実を知った。一年経つ頃には、どんなダンジョナーと相対しようと常に一定の対応を貫けるまでには悟りを開いていた。


 給与はそこまで悪くないし、福利厚生は他業種の話を聞く限りかなりいい感じなので、ずるずると働き続けていたのだが、9年目ともなると中堅に。

 なおかつ都市部で遅めとはいえ、20代前半には結婚にいたり、それを機に退職を選ぶ人も少なくないので、恵良は中堅…の中でも最早お局ポジションも手に届かん、という階層になってしまっていた。


 そうなるとどうなるか。


「佐伯さーん、今日、1番窓口ねー」

「…はーい……」


 癖が強いトップランカーの窓口か、細かいケアが必要な新人ランカーの窓口に居ずっぱりになるのだ。


「恵良さん、今日も一番ですか〜?」

「ほんとだよー。川崎ぃ交換してよー」

「無理ですって〜。だって最近の羽根つき、面倒臭い人ばっかりですもん。恵良さんみたいにサクサク捌けないですよ〜」


 出勤して課長に声をかけると、今日の担当窓口で業務をするためのアカウントキーを手渡されるのが1日の始まりだが、ここ数ヶ月、恵良は1番か10番のアカウントキーしか手にしていない。なんなら、ここ一ヶ月程は初心者専用窓口の1番しか渡されていなかったりする。


「特に10代の可愛い系ダンジョナーが流行ってから、ヤバいやつ増えましたよね…」

「ヤバいというか、彼らは若いのよ…幼いって言った方がいいかもね」

「幼いよねーって一言で片付けて対応できちゃうから恵良さんは1番から脱出できないんだと思いますけどね」


 2番に入ることの多い後輩に揶揄われながら、端末にアクセスキーを刺して、端末を起動し始業の準備をする。昨日、終了時間間際に駆け込んできたダンジョナーの追加情報を打ち込み、現在ダンジョン攻略中のパーティ一覧に目を通す。


「あちゃー、結構救援信号出てる…今日の4時…こっちは昨日の22時、20時もいる…無事だといいんだけど」

「最近の羽根つきさんは羽振りがいいですよね。すぐ救難信号出してきますもん」

「まあ、命あってのなんとやら、だからいいと思うけどね…。もう少し慎重に攻略してくれると助かるわよね」


 ダンジョンに巣食う強敵、ドラゴン属は幼生時は柔らかな羽毛を身に纏っていることから、ダンジョン探索が20回未満かつ15階層未踏破のダンジョナーは、ギルドのシステムにおいて名前の後ろに羽根のマークが付けられている。


 羽根マークが付いているうちはダンジョン内で探索が行き詰まった際にはギルドの仲介のもと、他のベテランダンジョナーへ援助を求めることができる。但し、安くとも一般平均月収の1/2が一度に飛んでいくことになるわけだが。


「この前もなんでしたっけ?ミルクじゃなくって…ミルミルじゃなくって…たった3階層なのに救援信号出して、しかも請求踏み倒そうとした…」

「可憐天使ミルミアさんのこと?」

「ぶふっ!可憐天使っ!あの人の二つ名そんなんなんすかwヤバスww」

「川崎、本性漏れてるよ」

「てか、佐伯先輩ってもしかしなくても、二つ名も覚えてるんですか?こんなペーペー達のも?先輩の記憶力イカれすぎワロス」

「え?だって記載されてるもの」

「先輩、そんなんだから毎日1番窓口地獄いきなんですよー」


 後輩はその後も何か言い連ねようとしていたが、ギルド開所を知らせるベルが鳴った途端、雑談を中断し、その顔には淑やかな微笑を浮かべて入口に向いた。漆黒の艶やかな髪といい、同じ色の煙るような目元といい、ヤマト国美人と辞書を引けば図版で載っていそうな佇まいである。


 彼女が入職以来、入口正面の2番窓口を不動のものにする理由は所長に聞かずとも、誰しもが理解するところだった。


ーー香り立つような美人って本当いるのよねぇ…


 チラリとギルドの看板受付嬢の名を背負っている後輩を横目に、美しさが持つ威力について恵良が考えていた時だった。


 開所時間を今か今かと待ち、入口に詰めかけた人だかりが左右に割れる。


 ピン切りといえど、彼らはダンジョナー。気配には敏感だ。


 ただ、後方の雰囲気に半身を捻った後、そのままの姿勢で左右に割れていく様はちょっと異様な雰囲気を醸し出していた。


ーー課長、いるかしら…?


 恵良は思わず、つい十数分前にアクセスキーを出してきた責任者を振り返える。その姿が確かに変わらずあることを確かめてから再び前を向いた。


 その間、2秒。


「………」


 その2秒の間に現れた、ある衝撃。いや、光。


 その光で恵良の人生も変わった。


「ひゃ、ひゃぁああ〜。これまた、おったまげぇ」


 川崎、また素が出ててる。いつもだったら突っ込むどころだが、それどころではない。


 激流だ。恵良は今、激流を真正面から受けている。衝撃で、息をすることは愚か、瞬きだって許されない。


 方々に光を放っているかのような髪

 整然と並んだ完璧な造形の目鼻。瞳は一度見たら反らせない。青や黄土が入り混じる、不思議な色合いをした瞳は、濁りを知らず輝いて見えた。

 唇は…見つめていられない、美とエロスが体現されているから。


「え、推す…」


 そこには圧倒的な美が顕現していた。


 推すか、推さないかではない、推さずにはいられない、その人が放つ圧倒的魅力に恵良は叫ばなかった自分を褒め称えたいと思った。


「ギルドへようこそ。ご用件をお伺いいたします」


 今まで何万回と口にしたセリフと笑顔。繰り返すことに飽き飽きしていたはずなのに、繰り返したことが絶対的自信となり、自分に余裕を与えてくれる時が来ようとは。


 その時、恵良は思った。


 今日の帰り道は美しい夜空を見上げながら帰るだろう、と。



 


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