1.人生の終わりが始まり
「ま、待っ……」
みなまで言えず、蔵人は吹っ飛んだ。
ゴロゴロと地面を転がる蔵人を土埃が後を追うように舞い上がっていく。
「しつっけぇぞーぉ!」
「ミルりんが『おしまい』って言ってんだ、さっさと帰りな!」
「いや、でも今日は魔装の納品を…」
「だっからぁ、それが必要なくなったってことだろーっが!」
唾を吐き散らす勢いで捲し立てるように言い募って来るのは、昨日までの同志だとお互いに言い合っていた男達だ
。
「そのクソ地味魔装持って、さっさと消えな!」
ーーほんと蔵人氏の作る服はミル愛に溢れてるよなぁ!
「そうだぜ〜!俺たちのミルりんにそんなクソダサ服を捧げるなんてよ!」
ーーデザインも大事だけどよ、優先はミルりんの安全だと某は思う!蔵氏の服はミルりんを一番活かす装備だと確信している!
吐き出される言葉と、これまでに貰った評価がぐちゃぐちゃに耳に木霊した。見上げた男達は、見慣れた顔立ちの他人に変貌していた。
ーーなぜ、なぜ…?
「みんなぁ〜蔵たんをいぢめちゃダメだよっ」
理解の及ばない状況に唐突に響いた天使の囀り。ここ数年毎日のように聞いていた声。
蔵人は縋るように他人と化した男達の向こう側へ視線を投げた。
「ミルミア…っ」
「蔵たん、大丈夫…?怪我は、してない?」
「あ、ああ…」
天使ことミルリアは蔵人の無意識の同意にニコリと微笑んだ。見る度にこちらまで笑顔になる、目まで微笑む可愛らしい笑顔だ。
「よかったぁ…」
いつもだったら、その笑顔を見ればどんなに疲れていようが、報われた。日々、その笑顔を向けてもらうために生きていたと言っても過言ではないのに。
なのに、その笑顔を向けられた途端、蔵人に訪れたのは、寒気と絶望だった。
「戦士が雛さんを怪我させちゃったら、大変だもぉん!」
ダンジョナーとして活躍するミルリア。
ーーみんなは、私と一緒に戦う戦士だよっ。平和を、雛さん達を一緒に守って支えて欲しいなっ!
支持層を「戦士」と呼び、一般人を庇護するべき「雛さん」と称していた。昨日まで、蔵人も「戦士」だった。むしろ、ミルリアの言葉を理解する今の今まではそうなのだと思っていた。
「蔵たん、今までありがとう、お疲れ様!」
「み、ミルリア…どうして…?!」
「ずっと、蔵たんに無理に魔装の協力をお願いしていたの、心苦しかったんだ…!お仕事もあるのに、ミルの服作りづづけてもらってるのは良くないって、思ってて…」
「そ、そんな、俺は…」
「でもね!もう大丈夫だから!」
戦士は誰も口を挟まない、そして、それは当事者であるはずの蔵人ですら許されない行為のようだった。
「本当に、今までありがとう!…あ、ごめんね、そろそろ時間だっ。みんな、行ってくるね!フィッティングの姿絵は集会所に飾るから、絶対見にきてね〜!投票で一位になったデザインに決まるから、みんな投票券の購入も忘れないで☆」
「遂に始まるのか…!モえてくるなっ」
「他のクランではやってたけど、ウチはアイツがデザイン独占してたもんな」
蔵人を取り残したまま、天使と戦士は熱気に包まれていく。
「実はねぇ…色んなところがいつもよりもチラッと見えちゃってて、ちょっと恥ずかしいのもあるっぽいんだぁ…キャっ。でも、でも、絶対、全部可愛いやつだからね!期待してて!」
「うぉおおお!楽しみにしてるぜぇ!」
「そうだよなぁ、あのディストリア社の製品だもんな…間違いない…!」
やってきた人造馬車に乗り込む偶像を戦士達は熱気を持って見送ると、未だ座り込んで動かないゴミに一瞥をくれることもなく、集会所へと戻っていった。
* * *
ダンジョンが開かれて約1200年。
そして、ダンジョン素材を用いた装備品に魔素を込めることで、使用者の能力値を異次元に解放することを可能とした武具品《魔装具》が発明されてからおよそ80年。
それまでは屈強な男性のみが成り手だった冒険者という職業は、老若男女へ拓かれた一攫千金の夢へとなった。
そしてその夢は、ダンジョンを攻略している様子がリアルタイムで地上でも見れるようになったことで冒険者のみの夢に留まらず、加熱し、爆発的に広がっていくこととなる。
憧れを抱く者、支える者、依頼する者、誰しもがダンジョナーの活躍に一喜一憂した。その熱狂は、多方面の利権と絡みつき、更に加速度的にあらゆる人を巻き込み、多かれ少なかれ人生へと影響を与えるまでに拡大し、現況に至る。
時代は超ダンジョナー時代。
誰しもが、推しダンジョナーを持ち、彼らを生きがいにし、彼らで生計を立て、彼らを食い物にする。
これは、そんな熱狂の時代に生きた魔装具師とダンジョナーの生き様を描いた物語である。




