第14話:ライオネル・アクスター②
扉の先は数百人は人が入るだろう広い部屋になっている。
ここにも絨毯が敷かれているが、真っ赤の中に金の刺繍が幾重にも施されており、とても目を引く作りになっている。
ここが王城であり、陛下の御前でなければ、しばらく眺めていたいくらいだ。
陛下は部屋の奥、三段ほど高い場所に置かれた豪奢な椅子に腰掛けており、こちらを真っ直ぐに見据えている。
だが……どういうことだろう、普通の謁見であれば左右の通路に騎士が等間隔で配置され、陛下が腰掛ける椅子の段の下には近衛騎士が立っているものだ。
しかし今回の謁見では、左右に誰もいなければ、段の下にいるはずの近衛騎士の姿もない。
その代わり、陛下の腰掛ける椅子の左右に、正装を身に纏った老齢な男性と、立派な鎧を身に着けた初老の男性が立っていた。
「レイン・アクスターでございます。謁見の許可をいただけましたこと、お礼申し上げます」
俺は段の下から五メートルほど手前で片膝をついてから、そう口にした。
「構わん。我も会いたかったからな」
会いたかった、か。それが本音かどうか、怪しいものだな。
「顔を見たい。直答を許す故、立つがよい」
「……かしこまりました」
俺は小さく息を吐き、それから立ち上がり陛下を見る。
五〇歳を超えているとは思えないほどの若々しさに、屈強な肉体を誇っている。
武を磨き、武で王位を勝ち取った人なだけはあるな。
「さて、レインよ。この場に宰相と近衛騎士団長しかいないことに驚いたか?」
「……はい、驚きました」
まさか、この二人が宰相様と近衛騎士団長様だとは思わなかった。
だが、確かに纏っている雰囲気がどこか普通の人とは違う気がする。
「この場において一つ、確認したいことがある。レインの話はそのあとでもよいな?」
「もちろんでございます」
「では、単刀直入に聞こう。メレノラの後宮で起きた一件だが、あれはお主の仕業だな?」
謁見開始から早速、本題に切り込んできたか。
しかも陛下は、先ほどまで微塵も見せていなかった、強烈な威圧を俺にぶつけてきている。
これはおそらく、確証を持っての質問なのだろう。
変に誤魔化しても、追及されればいずれはボロを出してしまうかもしれない。
……どうやら、隠しきれないみたいだな。
「……仰る通りでございます、陛下」
「五年もの間で寝たきりだったと聞いたが?」
「事実でございます」
「そうか。……その強さの秘密、教えてくれるか?」
「なりませぬ、陛下」
強さの秘密、それはつまり次元の狭間での出来事を教えるということ。
それだけは阻止しなければならないと思っていた俺の答えを聞き、強烈な殺気が放たれる。
それは陛下からではなく、その左隣に立っていた近衛騎士団長様からだ。
「陛下の問いに答えられないだと?」
「……申し訳ございませんが」
「王族だから殺されないと、たかをくくっているのか? レイン・アクスター!」
「よい、レヴォルグ」
レヴォルグと呼ばれた近衛騎士団長様が腰の剣に手を伸ばし掛けたところで、陛下から待ったが掛かった。
「しかし、陛下」
「そもそも、我とレインの会話に口を挟まない約束で、お主はこの場にいるのではなかったか?」
「そ、それは……かしこまりました」
陛下の言葉を受けて、近衛騎士団長様は元の姿勢に戻った。
だが、その視線は俺を射殺さんとするほど鋭く、非常に居心地が悪い。
「さて、レインよ。メレノラの一件は理解した。そして、強さの秘密についてはいずれ、伝えられる時が来たら教えてくれような?」
「はっ、仰せのままに」
「うむ、ならばよい」
……本当に、バレてないよな? なんだか、全てを見透かされているんじゃないかという錯覚を覚える雰囲気を持っている人だ。
「ならばレインよ。我への謁見を求めた理由を聞かせてもらおう」
考える時間を与えないようにしているのか、陛下はすぐに俺の要件を聞きに来た。
「はっ! 私は先ほどのお話にもあった通り、五年もの間で寝たきりとなっておりました。故に、世情に疎く、自分の見識を広めたいと考えております」
「ほほう。それで?」
「つきましては、一度王城を離れ、身分を隠して世界を見て回りたいと考えております」
「世界を見て回るだと?」
疑問を返した来た陛下に、俺はさらに言葉を続ける。
「その通りでございます、陛下。私は第五王子として生を受け、王位争いには興味がございません。兄姉たちともそりが合うとはお世辞にも言えませんので、誰が王位を継いだとしても、このままだと私は邪魔者扱いをされるだけでございましょう」
「なれば、城を出て自らで生きていく、とでも言いたいのか?」
「そうではありません。見識を広め、少しでも兄姉たちのお役に立てればと考えているのです」
まあ、本音を言えば自分だけで生きていきたいんだが、そうすると母さんが独りぼっちになってしまうからな。
城を出るなら、母さんも一緒でなければ意味がない。
「ふむ。いずれは城に戻る、ということでいいのだな?」
「その通りでございます、陛下」
「ならばよいぞ」
……ん? 今、よいって言ったか?
「……よ、よろしいのですか?」
「なんだ、そう願ったのはレインであろう?」
「それは、そうなのですが……」
「話は以上だな?」
陛下が話を終わろうとしたため、俺は慌ててもう一つのお願いを口にする。
「いえ、陛下。私が世界を見るために王城を離れている間、レリシア妃のことを気に掛けていただきたいのです」
「レリシアをか?」
「はい。一度はその身を狙った刺客が後宮に侵入いたしました。ですので、警備を今の状態で意地いただくか、より強化していただきたいのです」
母さんを狙う不届き者がいないとも限らない。特に、メレノラだ。
ここで陛下が母さんのことを気に掛けてくれれば、心置きなく世界を見て回り、七英雄のために動くことができる。
「レインよ。何か勘違いをしておらんか?」
「……勘違い、でしょうか?」
マズい。色々とお願いをし過ぎただろうか。
「我はいついかなる時も、妃たちのことを案じておる。そなたに言われずとも、気に掛けておるぞ」
「……あ、ありがたき幸せでございます、陛下!」
……なんだろう。いろいろなことが、ものすごくあっさりと決まってしまった。
「何を見て戻ってくるのか、楽しみにしておるぞ。以上だ、レインよ」
陛下が最後にそう口にしたのを聞き届け、俺は一礼のあと、踵を返す。
俺は謁見の間を出るまで、なんとか平静を保てていた……と思いたい。
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