二話目 巡りの町、オキュラス
「そういえばウルフェンさんってヴィリボレスに用があるって言ってましたけど……」
村までまだ距離もあるという事もあり、リコは親睦でも深めようとウルフェンの顔を少し覗き込むように首を傾げ喋りだす。
そしてリコはウルフェンを見定めるかのように視線を下から上へと移動させ、
「旅してるんですよね? 何でなんですか?」
あちこちがボロボロになった服装を見て、その汚れ具合から旅人であることを確信したリコは旅の目的を訪ねる。
「そうだな……」
自分のことは秘密としておきながら人には同じ質問をするとは、ウルフェンは少し呆れながらも視線を落とし考える素振りを見せる。
「少し探し物を、な」
「探し物ってなんですか?」
ふっ、と鼻を鳴らしウルフェンは肩をすくめた。
「えー、教えてくれたっていいじゃないですかぁ」頬をぷっくりと膨らましながら「案外私が知ってることかも知れないですよ?」
こんな世間に疎そうな少女に『どこかで吸血鬼を見なかったか?』などど聞いても碌な答えが返ってこないことなど明白だった。
どうせ「吸血鬼って肌が真っ白だと聞きました! そういえばこの前行った町の酒場の前で、昼間から顔面蒼白でフラフラと歩いている怪しい男を見ました!」とか「この前森の中で蝙蝠、たっくさん飛んでるの見ました!」とか、訳の分からないことを言うに違いない。
第一リコは戦闘などまるで向いていないだろうし、ウルフェンから旅に同行させた以上――
「危険な目に遭わせるわけにはいかないからな」
互いの歩幅が合わなかったのであろう、横にいたはずのリコが視界の端に映ることは無く、ウルフェンは振り返りながら言葉を返す。
「わぁ、ここら辺は一面麦畑ですね! これはまるで金色の絨毯ですね!」
ひとりではしゃぐリコに『やはり同行などさせなければよかった』と少し後悔するウルフェンだった。
* * *
「やっと着きましたね、ここは『巡りの村』だそうですよ!」
村の入り口に建てられた木製のゲートには『オキュラス』と書かれている。村の南東部を森が、それ以外は耕地に囲まれており農耕が盛んにおこなわれている様で皆畑仕事に精を出している。
「『巡りの村』か、そう呼ばれる理由はもちろんあるんだよな?」
ウルフェンは素朴な疑問をリコに投げかける。農耕の村ならともかく巡りとは。
「どうやら三方向からの主要な道路がこの村を中心に交わっているようでそう呼ばれているみたいです」
北東へはヴィリボレス地方、南はグラクオラ地方、そして西には隣国ワニマ国のプロビリス地方へと続く道がこの村で交わっており、村としての規模であることが不思議なくらいに賑わいを見せている。
ウルフェンたちは南にあるゲートをくぐり村の中を進んで行く。歩いているといくつも露店が開かれており、この村の農耕はあくまでも“交易のためのもの”という存在の様に見えた。
「すごい賑わってますねぇ……あ、焼き立てのふわふわパンですって! 一緒に食べましょう!」
焼き立ての甘い香りに誘われたリコはパン屋へと駆け出していく。ウルフェンは苦笑いしつつも頭上で輝く太陽と自らの腹の音でそろそろ昼時だという事を思い出し、やれやれという表情でリコの後を追う。
「おじさん、これとこれ、あと……ウルフェンさんはどれにしますか?」
リコは幸せそうな顔で、あれ美味しそうこれ美味しそうと目移りしながらもパンを選び目を輝かせていた。
「俺は……これでいい」と適当に選んだウルフェンは「それも美味しそうですねぇ……でへへ」とよだれを垂らしながら嬉しそうにするリコを見て、後で分けてやるかと笑みをこぼす。
ウルフェンはカバンからパンを包むための綺麗な布と銅貨を入れている財布を取り出す。
「わっ、自分の分は自分で払います‼」
今の今までよだれを垂らしていたリコはウルフェンが銅貨を店主へ渡そうとするのを見て慌てて自分のカバンをあさり始める。
「気にするな、どうせ俺が持っていてもあまり減らないからな」
リコはむぅと唸りながら「それならお言葉に甘えさせていただきますね、ありがとうございますっ!」と元気よく深々とお辞儀をした。
顔を上げたリコはハッと何かに気付いたように店主へと向き直り「あの、この村に――」と続ける。
「泊まれる場所ってありますか?」
その言葉にウルフェンも(宿があれば久しぶりにベッドでゆっくりと休めるかもな)と店主の方を見る。
「おぅ、二か所あるぞ。その後ろの路地を少し行ったところに小さめの宿が、この通りをもっと先に進んだところには大きい宿がある。今はちょうど冒険者やら隊商やらがこの村に滞在しているから、もしかしたら大きい宿はいっぱいかも知れねぇけどな」
「冒険者に隊商……!? なんだか楽しそうですね! ウルフェンさんの探している物について何か聞けるといいですねっ」
「そうだな……まずは大きい方の宿に行ってみるか。助かった、店主」
ウルフェンは受け取ったパンをカバンに入れ、店主に言われた通りゲートから続く道を左右に立ち並ぶ露店へ目移りしながらフラフラ歩くリコと共に歩いてく。
* * *
「これはこれは、村の宿とは思えないくらい立派ですねぇ」
宿を目指す途中、他の建物に比べやたら背の高いものがあるとは思っていたがまさかそれが“大きい方の宿屋”だとは、ウルフェンは木造四階建ての立派な宿屋を屋根の先まで見上げリコと共によく建てたものだと感嘆する。
宿の出入り口に掛けられた看板には『酔いどれウィート』と書かれており、どうやらここでは宿屋の他に酒場として酒と少しの御馳走を提供しているようだ。
窓越しに映る店内は大変賑わっており、パン屋の言っていた通り冒険者や商人と思しき人たちが酒を飲みかわしていた。
「すごい、外にたくさん馬車が並んでいますね……。やっぱり中は隊商の人たちでいっぱいですか?」
宿の床は少し高く上がっているため、リコは背伸びをして窓の中を覗こうとしつつウルフェンに状況を問う。
「あぁ、これじゃあおそらく部屋は開いていないだろうな……。話を聞く分には助かるが、まずは宿の確保が先だな」
これだけ人が集まっているのであれば情報収集も捗るのだが、まずは宿の確保が優先だ。リコがいる以上できるだけ野宿は避けたいしウルフェンとしてもせっかく久々に屋根とベッドでの快適な睡眠がとれるチャンスを無駄にするのはいただけなかった。
ウルフェンは道を引き返しもうひとつの宿屋へ向かおうとするが、「せっかくなら別の道から行きませんか? 他のお店も見たいです!」とリコはいかにも楽しみだと言わんばかりの表情で観光気分の提案をする。
断ろうとも思ったがそれを察知したのかリコは上目遣いで目を潤ませ顔を覗き込むように見上げてきたため、ウルフェンはため息交じりに渋々その提案を受け入れる。
『酔いどれウィート』のあるオキュラス中央広場の東へと延びる道に進むと、こちら側は村の外に森が広がっていることもあってか店より住宅が多くさっきまで歩いていた大通りに比べ落ち着いた雰囲気であった。
「うーん、こっちはなんだか静かですね。あんまりお店も無いですし……」
つまらないとでも言いたげにちょっとだけ口を尖らせながらとぼとぼと歩くリコをウルフェンは少し後ろからついて歩く。
――表情の忙しいやつだな。
そんなリコに釣られ、ウルフェンもつい口元が緩んでしまう。長い間ひとり旅が多かったため“楽しい”と思えることは久しかった。たまにはこんな旅もいいだろう、そんなことを考えていると――。
「……騒がしい、何かあったようだな」
どこからか人々の慌ただしい喧騒が聞こえ、ほのかに血の香りが漂ってきた。