患いすぎて草生えてますが何か?
下校時刻を告げるチャイムが校内に響く。あちこちで生徒達が帰宅の準備をする中、三年五組と書かれた教室では一組の男女が机を挟み向かい合って座っていた。女生徒の方が椅子の背にもたれる形で足を組み、フッと哀しげに笑う。
「もうおしまいね」
その言葉に対し、男子生徒は苦しげに眉を寄せる。
「本当に終わってしまうのか?僕達はまだまだやっていける筈だ。話し合いの余地はある」
「いいえ、終わりよ。その選択肢を選んだのは他でもない、あなた自身でしょう?男なら自分の行動に責任を持つべきだわ」
「待ってくれ。あの時はどうかしていたんだ。もう一度チャンスをくれないか」
「往生際が悪いわよ」
必死に食らいつく彼に引導を渡すように、彼女はゆっくりとした手つきで机に並べてあるカードの内の一枚を手に取ると…
「【堕天使の誘惑】発動、【闇の賢者の助言】を解除、【漆黒の英雄】に二千のダメージ。私の勝ちね」
「っ、ぐあああああああ!もう少しだったのに!」
勝ち誇った顔で宣言する彼女を前に、彼は頭を抱えて悔しさを露わにした。
「流石は我が校一の才女、串畑恋絽。完膚なきまでにやられたよ。だがしかし!次に勝利するのはこの僕、天草風生だ!今の内に束の間の勝利の美酒を味わっておくがいい!」
「望むところよ。私は逃げも隠れもしないわ」
「おーい、風生。帰るぞ」
教室の外から彼の友人が声をかけると、風生は時計を見て声を上げる。
「ああっ、もうこんな時間だ!ライバルとの逢瀬は何とも儚く散りゆくものだよ!僕はここで失敬するよ!今夜は【魔王に転生しましたがやる事がないのでみんな仲良く食卓を囲もうと思います】の放送日だ!最新話を見る前に、前回のおさらいをしておきたいのでね!串畑君ももちろん見るのだろう?」
「ええ、当然よ。【まお食】は毎回登場する飯テロが見どころ。視聴のお供にチョコレートとスナック菓子、甘味と塩味の両方を準備するつもりよ」
「素晴らしい心構えだよ!それではまた明日、感想会という名の討論を繰り広げようじゃないか!」
「上等よ。楽しみにしているわ」
それじゃあ、と風生が教室を後にするのを嫣然と見送ってから数十秒。周りが静かになった事を確認すると、恋絽はぐったりと倒れ込むように机に突っ伏した。
「っはああああああ、緊張した。私大丈夫?ボロなんて出してないわよね?」
恐る恐る机の上に並べられたカード達を見つめる。箱に書かれた【神々の遊戯 漆黒の英雄編】という名前をそっと指でなぞり、フゥと安堵の息を漏らす。
「恋絽~。終わった~?」
そこへヒョイと顔を覗かせたのは友人の唯花である。彼女に抱きつきながら、恋絽は半泣きの状態で捲し立てた。
「唯花!私変じゃなかったかしら?もちろんルールは全て頭に入れてあるのだけど、知っている=強いとは限らないと思うの!天草君と同じレベルで対戦できていたか心配で心配で…!それから今日は【魔王に転生しましたがやる事がないのでみんな仲良く食卓を囲もうと思います】の放送日なの!もう一度一話から解説をお願いしてもいい?どうして転生したら魔王になるの?魔王は勇者に倒されるものではないの?やる事がないからって仲良く食事を共にしてしまったら、世界はいつまで経っても平和にならないんじゃないの?そもそも、異世界に転生なんてできるものなの?」
「毎度思うんだけど、恋絽って尽くす方向性間違ってるよね~」
真面目であるのは彼女の美点だが、もっと他の方法で想い人の好みに寄せようという考えはなかったのか。毛先ほども関心のなかった二次元の世界に無理やり飛び込み、一般的に"オタク"と呼称される人種独特の価値観や言い回しを研究した結果、高校三年生にして見事な"中二病"を拗らせるに至ったその努力が涙ぐましいだけに、友人としてはこうなる前に方針転換を促してやれなかった事を悔いるばかりである。
(恋煩いと一緒に別のものも患っちゃったとか、まさにアニメ~)
己の言動に矛盾はなかったかと心配する友人を宥めながら、唯花は【まお食】の世界観をどう説明したものかとあらすじを思い出すのだった。
*
─また串畑さんが学年トップよ
─この前は弓道の関東大会出場で優勝してたよね
─次の生徒会選挙では、会計に立候補してるんだよな?
─ミス・パーフェクトって言葉は串畑さんのためにある言葉だな
幼い頃から割と何でもできた。授業は一度聞けば大体理解できたし、運動神経も悪くはなかった。少し手こずっても、大抵の事は反復をくり返せば克服できるのだという事を知ってからは努力の二文字にも躊躇いはなかった。周囲の期待もその延長線上にあるのだと思えば、笑顔で応えた。
こういう生き方に疑問はなかった。難しい事はできる人間がやればいい。人には向き不向きというものがある。重い荷物を背負って苦しい思いをしている人間がいるのなら、その荷物を請け負う事でその人が喜んでくれるのなら、そう思って行動したら周囲の期待は更に大きくなっていった。
「串畑さんさ、無理してない?」
そう声をかけられた時は何の事か全くわからなかった。高一の秋、文化祭の準備に勤しんでいた頃の事。メイド執事カフェという何ともありきたりなものをやる事になったはいいが、メニューの考案、衛生面の管理、衣装の用意に教室の飾りつけ。やらなければならない事は山のようにあったが、クラスメイトはなかなか作業に従事してくれなかった。
部活、塾、家の用事。各々の都合に口を出すのは違うだろうと作業の手伝いを申し出ると、気づけば運営のほとんどに関わる事になっていた。仕方がない。だって、自分はできるのだから。仕方がない。だって、助けたいと思ったのだから。
だから、無理などしていない。そんな風に言われるのは心外だ。心配いらないといつものように笑顔で答えようとしたのに、なぜか顔は引き攣ったまま動いてくれなかった。中途半端な表情で何も言えないでいるのをどう捉えたのか、高等部から入ってきた彼、天草風生は黙って作りかけの飾りを手に取り黙々と看板に貼りつけた。
「天草君は忙しくないの?」
「串畑さんに比べれば、相当暇してるかな」
「私は…やりたくてやってる事だから」
「ふーん。その割には…」
全然楽しそうじゃないけど。
この時の感情は未だに上手く説明できない。頭からバケツで水をかけられた。思いきり平手打ちを食らった。雷でも落ちたような気分だった。どれもしっくりこない。けれど、勝手にポロポロと零れてきた涙から察するに自分は誰かに気にかけてほしかったのだと、それだけは理解できた。
一つ申し訳なかったのは、突然目の前で泣かれた風生の事だった。
「ご、ごめん!まさか泣くほどとは思わなくて…えっと、俺、俺のせい?俺のせいだよな、どう考えても。ちょ、何か、何かなかったっけ」
あたふたと制服のポケットやカバンを漁り、涙を止めてくれるようなものを探す風生。その時、偶然ポロッと落ちたストラップが恋絽の目に留まった。
「それ…」
甲冑を着た少女のキャラクターが描かれたそのストラップを拾った恋絽は、チェーンに彫られていた名前を呟いた。
「ジャンヌダルク…」
「あ、それは…」
「オルレアンの乙女ね」
つい最近授業に出てきた異名を続けて言うと、風生はキョトンと目を瞬かせた。
「見てるの?」
「え?」
「"オルレアンの乙女"。確かに有名だけど、串畑さんはアニメとか興味ないと思ってた」
何の事だろうと思いを巡らせ、どうやらそういうタイトルのアニメが流行っていて、これはその登場人物らしいという解答に行き着く。
「天草君は好きなの?アニメ」
「あ、えっと…」
数十秒視線を泳がせ、何かを悩む素振りを見せてから小さな頷きが返ってくる。
「アハハ、何か恥ずかしいな」
「どうして?確かに天草君にアニメ好きの一面があった事は初めて知ったけど、好きなものを好きだと言えるのはとても素敵な事だと思うし、羨ましいわ。私は…言えないから」
風生に言われてようやく自覚した。自分は周りのイメージ通りでいる事に必死だったのだと。問題など起こさない優等生、何でもニコニコと引き受けるいい人。そこから外れた言動をすれば、幻滅させてしまう。だから自分を押し殺してまで完璧を演じていた。
「…じゃあさ、俺と同盟組まない?」
「同盟?」
今度は恋絽が目を瞬かせる。
風生は彼女の手からストラップを受け取り、軽く揺らしながら続ける。
「アニメ好き同盟。串畑さんと俺だけの秘密でさ。あ、嫌だったら別に…」
「…面白そうね」
「え」
正直、アニメは小学校に上がる頃には卒業した。漫画も読まない。けれど彼が好きなものなら自分も知りたいと、そう思ってしまった。
これが恋絽の、二次元の世界への扉を開いた瞬間だった。
*
ブレザーのポケットに入っていたスマホがヴ、と揺れる。生徒会室へ向かっていた恋絽は足を止め、着信の主を確認すると口元を緩ませた。
【今日の放課後、○○シアターのチケット売り場にて待つ】
すぐに了承の旨を返信し、メモに残していたあらすじを確認する。
今日は風生と映画を観る約束をしていた。俗に言うデートというやつだが、観るのはラブストーリーではなく今話題のアニメの劇場版である。ドキドキと心臓の音がうるさいのは初めてのデートに対する期待か、それともボロを出さずに終わってからの感想会を終えられるだろうかという緊張か。とにかく、楽しみである事に違いはないのだが。
いつもより念入りに梳かした髪が乱れていないかと気にしながら、ギュッと手にしていた資料を抱き締めた。
「───控えめに言って神作だった」
シアターを出るなりグッと拳を握ってそう言う風生に、恋絽もええと頷く。
「テレビの時から作画はかなりの高評価だったけれど、今回の戦闘シーンのそれは最早芸術の域に達していると言ってもいいわ。オーケストラを使った壮大な音楽がまた素晴らしさを引き立てていたし、クライマックスに流れた一期のオープニング曲をアレンジしたあのメロディを聞いた時はもう息ができなかったわ。あの感情を人は尊死と呼ぶのでしょうね」
「キャラ同士の掛け合いも更に磨きがかかっているように思えたよ。特に宮山攻留と櫂祐次のやりとりは、互いの事をよくわかっているが故のアドリブ合戦が秀逸だったね」
「全くだわ。宮山攻留は元から自由奔放な演技には定評があったけれど、今回は櫂祐次への何でも拾ってくれるという全幅の信頼が見て取れたわね」
「串畑君、まだ時間はあるかい?良ければ、これから新たなグッズの発売情報を偵察しにアニメーズに行くというのはどうだろうか?」
「いいわね。ちょうど、今回の映画のDVDボックスについて調べたいと思っていたのよ。アニメーズ以外にも特別フェアを開催するお店はあると思うの。それぞれの限定特典をチェックしておかないと」
「なるほど、善は急げだ。では早速向かうとしよう」
それから二人は、アニメグッズ専門店を覗き、書店で互いのおすすめの漫画をプレゼンし合ったり、アミューズメント施設でアニソン縛りのカラオケ大会を開いたりととにかくオタ活を堪能した。生き生きとした表情でアニメについて語る風生を見ながら、恋絽はこの時間がいつまでも続けばいいのにと思っていた。クレーンゲームでは、風生が恋絽の(一応)推しキャラのぬいぐるみを取ってくれた。自身も同じものをゲットするのを見て、恋絽は内心でお揃いを持てた事に飛び跳ねて喜んだ。
そうして楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、ファミレスで夕飯を食べながらアニメ談議に花を咲かせていた時の事だった。
「やあ、串畑さん」
声をかけてきたのは、クラスメイトの男子だった。塾の帰りと思われる彼は、恋絽と風生の顔を交互に見ると嫌な笑みを浮かべた。
「天草と一緒にいるところなんて初めて見たよ。二人はそういう関係なの?」
「あ、これは、その…」
「お揃いのぬいぐるみなんて持っちゃって、串畑さんでもゲーセンとか行くんだね。でも意外だなぁ。串畑さんってアニメとか興味ないと思ってたよ。ちょっと会話が聞こえてきたけど、学校での姿からは想像もつかないくらい饒舌なんだね。全国模試も近いっていうのに、随分余裕だなぁ。流石、学年トップを取る人は違うね」
「っ…」
相手は褒め言葉のつもりだろうが、嫌味を言われているのは明白だ。いつも自分の一つ下に名を連ねる彼は、何かというとこちらの言動に突っかかってくるのが日常だった。
そんな相手に、どこから見てもオタク丸出しの姿を見られた。別に校則に違反しているわけでも、ましてや法を犯しているわけでもないというのに、恋絽は顔が青ざめていくのがわかった。
そして、嫌な予感は翌日的中するのである。
*
「おはよう…」
「恋絽!ちょ、こっち来て!」
登校するなり教室の前で待ち構えていた唯花に手を引かれ、恋絽は人気のない校舎の端まで連れていかれた。
「どうしたの唯…」
「これ!」
バッと見せられたのはスマホの画面。そこに映っていたものを見た恋絽の表情は、ヒクリと引き攣った。
【三年五組のK.K.は痛いがつくほどのオタクだった⁉校内一の才女が患う中二病に迫る!】
そんな見出しがついたこのネット記事は、新聞部が発信しているオンライン新聞のものである。震える手で画面をスクロールしていくと、とある情報提供者から寄せられた目撃談として件の女生徒がアニメ好きとして知られている男子生徒とオタク用語全開で仲睦まじく話していたと書かれていた。おまけにいつ撮られたのか、あのファミレスでのツーショットまで添えられている。顔はわからないようになっていたが、記事を読めばこれが誰かなどすぐにわかる。
状況から情報提供者は考えなくとも明らかだとか、これは盗撮で当事者の言い分一つ聞いていない中傷とも言えるものだとか、色々と思うところはあったが、何より恋絽は記事を締めくくる一文にショックを受けた。
【文武両道、才色兼備を地で行く彼女だが、周囲の期待という名の重圧に苦しみ続けた結果、その反動がこのような形で表れたのだと思うと、才能とは時に人を狂わせる魔力を孕んでいるのかもしれない】
(どう、して…)
─串畑さんさ、無理してない?
期待に応えようと苦しんでいた事に気づいていたのなら、なぜ彼のように声をかけてはくれなかったのか。必死の努力を才能の一言で片付け、イメージと違う事をしていたからと、なぜさもオタクである事を悪だとでも言うような捉え方をされなければならないのか。
(違う)
グッと唇を噛み締める。
自分も同じだ。堂々としていれば良かったのだ。周りの目を気にして、でも好きな人と同じものを好きでいたくて、コソコソと隠れるような真似をしていたのは誰だ。自分こそ、オタクを恥ずかしいものだと思っていたのではないか。好きなものを好きだと言う彼に惹かれておきながら、自分のやっていた事は真逆を行くものだった。その事に気づいた恋絽は、激しく自身を嫌悪した。
「恋絽、大丈夫?」
唯花が気遣わしげに声をかけてくれたが、今口を開けば堪えている涙が零れ落ちてしまいそうで何も言えなかった。
その時、上の方が何やら騒がしい事に気づいた。
「あそこって、私達の教室がある辺りじゃない?」
唯花も上を見上げていると、何人かの生徒の声が聞こえてきた。
「天草が同級生を殴ったらしいぞ!」
「先生呼んでこい!」
「⁉」
「あ、ちょ、恋絽⁉」
信じられない内容に、恋絽は思わず走り出していた。階段を駆け上がり、三年の教室がある階まで来ると、ちょうど風生が生徒指導の教師に連れられて行くところだった。
「天草君…」
こちらに気づいた風生は、ヘラッとした笑顔を見せるだけで何かを言う事もなく歩いていった。
*
朝の騒動は新聞部の記事の事もあって、たちまち学校中に知れ渡った。風生はあれから教室に戻ってくる様子はない。昼休みになるとクラスメイトは殴られた男子生徒の元に集まり、事の経緯を尋ねた。
「俺も驚いたよ。何せ、いきなり殴られたんだ。まあ、みんな知っての通り天草は、ほら、個性的だろ?」
いかにも被害者ですといった風を装いながら風生を貶めるような口ぶりに、恋絽は怒りを覚えた。
「何あれ、感じワル~」
一つ前の席に座る唯花も同じく眉をひそめている。こちらの思いを知ってか知らずか、彼の話を聞いていた生徒の一人がそれにしてもと恋絽に話しかけた。
「串畑さんの事はビックリしたよな~。ただのオタクならまだしも、新聞部の話じゃ中二病全開だったんでしょ?」
「え~、でもそれって天草君に付き合ってあげてただけじゃないの?串畑さん優しいから」
「わかる!天草ってだいぶ拗らせてて見てて痛かったもんな」
「っ」
「恋絽?」
恋絽は俯いたまま立ち上がると、クラスメイト達の方へ歩いていく。一同はそれに一瞬たじろいだが、顔を上げた恋絽がニッコリと笑みを浮かべていた事でホッと緊張を緩めた。
「そうね。見ていてとても痛々しいわ」
「だ、だよな~。同じ趣味の連中の間だけならともかく、学校で所構わずなんて空気読めなさすぎ…」
「人の本質に目を向けようとせず、上辺だけを見て勝手に知った気になって糾弾するなんてこれ以上の愚行はないわね。敢えて言わせてもらうわ、カスの極みだと」
「え?」
「か、カス?」
「私に言わせれば、あなた達こそ他人の趣味嗜好を土足で汚す悪よ。これ以上私の好きな人を魔女裁判の如く吊るし上げるというのなら、私は堕天使ルシファーに魂を売ってでもあなた達に地獄の鉄槌を下してみせるわ」
シーンと教室中が静まり返る。四方から様々な感情の入り混じった視線を感じるが、恋絽は全く後悔はしていなかった。
「えっと…これどういう状況?」
しかし、胸のすくような気持ちも教室の出入り口から聞こえた声にピシリと砕け散る。
「あ、天草君…」
いつの間に戻ってきていたのか、居心地悪そうに頬を掻いている風生に恋絽は顔に熱が集まっていくのがわかった。
「串畑く…」
「っ、ごめんなさい!」
「あ、ちょっ…」
戸惑いながらも自分を呼び止める声を背に、恋絽は全速力で教室から走り去った。
聞かれた。聞かれてしまった。
「っ」
「っと、悪い」
「ナイス!そのまま捕まえてて!」
「は?風生?」
階段を下りようとしたところでぶつかったのは、風生の友人だった。後ろから追ってきていた彼の剣幕に気圧され腕を掴まれたが、振り返る勇気が出ない。
「串畑さん…さっきの…」
「き、気にしないで!」
「好きな人って…」
「だから気にしないでって!」
「あー、なるほど。何となく察した」
そう言った彼の友人が両肩を掴み、クルリと風生の方へ体を向けられる。
「風生、観念して言っちまえよ」
「は?い、いや、俺は…」
「じゃないと、この子と話したいがために無理して色んなアニメ観てた事も、徹夜で解説動画見ながらゲームやり込んでた事もバラすぞ」
「今綺麗にバラしたよねぇ⁉︎」
そのやりとりを聞いて、ようやく風生の顔を見る事ができた。いつも生き生きとアニメの話をする彼の表情は、見た事がないほど真っ赤になっている。自分も似たようなものなのだと思うと、何だか笑えてきた。
「フフッ、まさか天草君も同じだったなんて」
「え、同じって?」
「私もなの。天草君に好きになってほしくて、必死にオタクを演じていたのよ」
「な、え、マジかぁ」
へなへなと廊下に崩れ落ちる風生。
「え、じゃあ、同盟組んだ時のあれも?」
コクンと頷くと、項垂れていた頭が更に深く落ち込む。
「羨ましいって、私は言えないからって言うから、てっきりアニメ好きを公言できない事に悩んでいたのかと。言われてみれば、串畑さんの口からそうだって聞いてなかった気がする」
「あの、天草君は私のためにアニメを…?」
「そうだよ」
半ばやけくそになった風生は、ガシガシと頭を掻いて答える。
「完璧だ、天才だって言われて周りから勝手に線を引かれて、孤独なのかなって思ったんだ。だったら、仲間ができたら少しは楽しく過ごせるかなって思って、バレたくない一心で気がついたらあんな感じに…」
「入学当初は普通だったのに、どんどん痛くなってったもんな」
「お前ちょっと黙ってて⁉」
友人の容赦ない一言に涙目になる風生は、いつもの彼とはまるで別人だった。それに気づいた恋絽は、フッと自嘲する。
「演じる事の愚かさを自覚した側から好きな人に意識してほしくて自分を偽って、それで好きな人にまで自分を偽らせるなんて、どこまでいっても私ってバカね」
「あ、いやー、それは、まあお互い様じゃない?」
俺だってそうだしさ、と立ち上がった風生が照れくさそうにスッと手を差し出す。
「改めて言わせてくれないかな。俺と、付き合ってください」
「こんな私で良ければ、ぜひ」
ギュッと握り返した手の温かさに、恋絽は嬉しそうに微笑む。
「好きな人のために拗らせた中二病という名の恋患いは、両想いという名の特効薬により治まるのだった…ってか?」
「何かいい感じのナレーション勝手に入れんのやめてくれる?」
「そういえば、あのストラップはどうして持ってたの?」
「…廊下で偶然拾いました」
「オルレアンの乙女は恋のキューピッドでした、と」
「マジで黙れお前」