27話 祝福を告げる鐘
快晴の空に、鳥が飛んで行くのが見えた。そして、その下には人々がぞろぞろと、どこかへ向かっていくのが見える。
「あの方達は……」
「おそらく、ミサへ向かう信徒の方々でしょう。あの先に教会がありますから」
ロザリンデと一緒に窓から外を眺めていたシャンタルが、答えてくれる。
ロザリンデはライナスがこの近くに教会があると言っていたことを思い出す。
ミサとはどんなものだろうか。見たことも参加したこともないロザリンデは興味をひかれた。いつか、ライナスと一緒に行ってみたい。
「そろそろ出発の時間も近づいてきましたし、お支度をいたしましょう」
「はい。お願いします」
兄の屋敷についてから、シャンタルはロザリンデの世話役から外された。楽しく話ができた彼女と離れるのを寂しく思っていた。だが、ロザリンデがライナスと共に暮らすことが決まり、シャンタルがまた侍女としてついてくれることになったのだ。
ロザリンデは、ドレスブルクではただの平民の女だ。だから世話は必要ないと言ったのだが、ライナスの客人になるのだからいたほうがいいと、ライナスにもシャンタルにも説得された。
「俺は親戚の男爵位を継ぐ予定だ。お前もそれなりの地位につくのだから、今から侍女についてもらったほうがいいだろう」
その意味にロザリンデが目を見開くと、ライナスは後日きちんと申し込むから待っていて欲しいと耳を赤くしながら言ってくれた。ロザリンデは期待に胸を膨らませながらも、その日を楽しみにしている。
「さあ。できましたよ」
シャンタルの声に、ロザリンデは鏡の中の自分を見る。
ロザリンデの今の髪は肩につくかつかないくらいかの長さしかない。貴族女性にしては短すぎるが、シャンタルのヘアメイクによりに美しく整えられている。
シャンタルに礼を言い、ロザリンデは玄関へ向かった。
ライナスが先に来ていた。ロザリンデに気がついたライナスは顔を綻ばせる。
「来たか。……ロザリンデ、その髪……」
「シャンタルさんが腕によりをかけて整えてくれたんです。これからは髪を隠す必要はないからと。自分では気に入っているのですが……どうですか?」
「綺麗だし、似合っている」
ライナスは笑顔でそう言ったが、すぐにその顔を曇らせた。
「……すまない。綺麗な髪だったのに、切ってしまって」
「いえ。あの状況なら、他に方法はありませんでしたから」
ロザリンデがバーニス邸で死去したと誤認させるためにロザリンデの髪が必要だったことは既に聞いていた。
だが、もしそのような理由がなくとも、ロザリンデは気にしなかっただろう。ライナスに復讐されることを覚悟していたのだから。
「ご主人様、馬車の準備ができました」
アントナンが姿を現す。程なくして、兄もやってきた。
「色々世話になったな。向こうに着いたら連絡する」
「こちらこそ、可愛い妹を頼むよ。……ロザリンデも、元気で」
ライナスの屋敷はここから馬車で二日ほどかかる場所にある。頻繁には会えないだろうが、手紙のやり取りくらいはできるだろう。
「はい。お兄様にはいつか、恩返しします」
「兄が妹を助けるのは当然のことだろう? ……それに、お前が恩返しする必要はない。これは私の恩返しなのだから」
兄に助けてもらったことはあれど、ロザリンデが兄を助けたことなどない。心当たりのないロザリンデは兄の言葉に目を瞬かせた。
「お前が生まれる直前は、本当にいつ革命が起こってもおかしくないほど緊迫していたんだ。暴動もあちこちで起こっていた」
「……朧げだが、俺も似たような記憶がある」
「ライナスは当時三歳だったか。私は八歳だったから、はっきり覚えているよ。暴徒に殺されかけたこともあったくらいだし」
初めて聞く話にロザリンデは驚いて兄を見る。ロザリンデの反応に、兄は微笑んだ。
「かなりトラウマになってしまってね。一時期は外に出るのもやめてしまったんだが……お前が生まれ、神の子だと認定されてからは一気に平和になった。当時はこんな小さな妹が私たちを助けたのが不思議でならなかったが、その時に誓ったんだよ。これから先は何があろうが、私は必ずお前を助けると。……だから、お前は私のことは気にせず、幸せになりなさい」
「お兄様……」
優しい兄の笑みに、ロザリンデは涙ぐみながら頷く。
「それにこれから先、お前も大変だろう。向こうのご両親のこともあるし」
ライナスの屋敷は、彼個人が受け継いだ資産と教会騎士の副団長としての稼ぎで購入したものだと聞いている。彼の親族は近くには住んでいないそうだが、結婚を考えるのなら、今後関わりは避けられないだろう。
ライナスの両親は穏やかな人だと聞いている。ロザリンデのことは既に話していて、彼らも反対はしなかったらしい。
だが、彼らはロザリンデによってアルクレアを追われる身になった。ロザリンデはきちんと謝罪をして、彼らにも贖罪をするべきだと思っている。
「ロザリンデ」
ライナスがロザリンデに手を差し出す。四年前よりも大きくなったその手に、そっと手を重ねた。
「さあ、行こうか」
「ええ!」
ミサが始まったのか、荘厳な鐘の音が響き渡る。
長年の枷から解放され、新たな一歩を踏み出したふたりを祝う、祝福の鐘の音が。




