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13話 私利私欲の男

 厄介なのに捕まったと内心舌打ちしたライナスは、従順な信徒の表情を作り、振り返る。

 

「これは大神官長様。数日、お休みをいただいてしまい、申し訳ございません」

「いいや。君はこれまでよく働いてくれていたからね、たまには休まないと」

 

 民衆の前で説法を行うことが多いためか、大神官長の話し方は穏やかだ。彼を慕う聴衆は心酔したようにその声に耳を傾けるが、ライナスは冷めた気持ちで聞いていた。

 

「ロザリンデが監禁されていた場所を突き止めたのは君だろう? お手柄だったよ。おかげで、私利私欲で神の子を利用する罪人を捕まえることができた。……ロザリンデを助け出せなかったのは非常に残念だが……」

「……ええ。私も、なんとしてでも彼女を助け出せればよかったのですが、一歩遅く……申し訳ございません」


 老齢の大神官長は自身の白い髭を撫で付け、悲しそうにライナスに目を向けた。

 

「ライナス。君は、誰よりもロザリンデを取り戻したかっただろう。君は不幸な彼女の出生の秘密を知り、罪に問われることも厭わず彼女を救い出そうとした。革命で彼女が姿をくらませたこの四年、懸命に探し続けたのだから」

 

 慈悲深い大神官長の言葉に、ライナスはこうべを垂れる。

 従順なその態度とは裏腹に、ライナスの内心は大神官長への嫌悪で荒れていた。

  

 ロザリンデはグレイディ家に攫われた平民出身の神の子ーーそんな法螺をこの老獪な男が信じるはずがない。

 万一その可能性があったのなら、彼はとうの昔にそれを公表しているはずだ。今教会にいる神の子は五十間際の男ひとり。神の子はそうそう生まれてこない以上、若いロザリンデを手に入れられるのなら、手に入れていたはずだ。

 

 なのにそれをしなかったのは、ロザリンデが本物のグレイディ家の子だという確固たる証があったからだろう。平民ならともかく、貴族の出産なら産婆や使用人など多くの人間が関わっており、証人がたくさんいる。

 また、グレイディ伯爵家はロザリンデ誕生前から力のある家門だった。下手に刺激するのもよくないと思ったのかもしれない。

 

 ライナスの偽証は大神官長にとっては絶好のチャンスだったのだろう。

 世間を揺るがせた神の子誘拐事件が、実は神の子を救出劇だった。

 憎き貴族が保身のために、平民から奪った神の子を実子と偽った。

 ふたつの『真実』が明らかにされた瞬間、長年燻っていた民衆の怒りは爆発し、革命へと至った。グレイディ家の対応は到底間に合わなかった。

 

「ロザリンデの遺体は丁重に葬る。後日、国葬を執り行う予定だ」

「大神官長様の慈悲深いお心に、ロザリンデ様も感激しておられることでしょう」


 大神官長はライナスの言葉に頷きを一つ返して、その場を立ち去った。

 小さな背中が完全に消えたのを見送って、ライナスは大きく舌打ちをした。

 

「私利私欲でロザリンデを利用しようとしたのは、お前たちも同じだろうが」

 

 教会に引き取られた神の子は大事に囲われる。平時は教会の奥で祈りを捧げ、時折民衆の前に姿を現しては人々に祈りと労りの言葉を与える。

 騎士団の副団長となるまでは、ライナスは教会に匿われるのが神の子にとっては良いことだと思っていた。だが、実際の神の子はグレイディ家よりも不自由だった。

 スケジュールは細かく刻まれ、趣味や娯楽に興じる時間もなかった。そうして酷使され、死後すら教会の敷地内の墓地に埋葬され、囚われ続ける。

 

 バーニスからロザリンデを取り戻したことが知られたら、きっと彼女も今までの神の子と同じような道を辿るのだろう。

 考えるだけで、反吐が出そうだった。だから、ライナスは彼女の代わりの遺体を用意し、死を偽装した。

 ライナスにとって、敵は異端者だけではなかった。ロザリンデを鳥籠に閉じ込め、弱らせるしかない教会の人間たちもライナスは嫌っていた。

 

 それに、大神官長はロザリンデが箱庭で生きることに疑問を持たないよう思想を植え付けた一因だ。もうロザリンデには近づけたくなかった。

 

 苛立ちのままにもう一度、舌打ちをする。

 

「おー、おー、荒れてるなぁ」

「……団長」

 

 からかう様な口調に顔を挙げると、そこにはギャリーがいた。

 

「バーニスに面会したらしいな。この二日、かたく口を閉ざしていたあの女が、お前の尋問が終わった後、ペラペラと自白を始めたようだ。……お前、そんなに尋問うまかったのか?」

「……あの女の性格が悪いだけのことでしょう」

 

 どれ程黙秘を貫こうが、侍女長の証言や遺髪などの証拠により、死罪は免れない。そして、自分が話したことは必ずライナスに伝わる。それを把握しているバーニスは、嫌がらせとして詳細を話してライナスにダメージを与えようとしている。

 元々、性悪で他害した噂が山ほどある女だ。誰かを傷つける機会があるのなら、喜んでするだろう。

 

 ギャリーもそれを理解しているのか、小さくため息をついた。

 

「まあ、今回のロザリンデ監禁のことに関してはもうすることも限られているし、他のやつに任せる。報告書も俺の方で作成しておこう。……お前は異端者の調査に専念しろ」

「はい」

「ああ。だが、部下の何人かは借りていくぞ。数週間後にロザリンデの国葬が控えているからな、大規模な警備をしなければならないんだ」

「……大神官長様が張り切っていましたから、かなり大きな葬儀になるでしょうね」

 

 苦々しく吐き捨てるライナスに、ギャリーは苦笑した。

 

「ああ、荒れてたのは大神官長に会ったせいもあったのか。……老い先短いあの爺さんの最後の大仕事になるだろうからな、大張り切りも大張り切りだ。おかげで、俺らはこき使われまくりだ」


 ギャリーは大げさに肩をすくめた。

 

 教会の騎士団は騎士ではあるが、騎士である前に神官だ。日々の訓練だけでなく、こうした行事には他の神官同様働かなければならない。

 

「お前のことは傷が開いたとか長年の悲願が叶って燃え尽きたとか適当な理由をつけておくから、国葬のことは気にしなくていい」

「何から何までありがとうございます」

「……いや。俺もお前に色々負担かけてしまったからな」

 

 ライナスがした『ロザリンデがグレイディ家の実子ではない』という偽証のことをさしているのだろう。

 

 ライナスへの尋問時、ギャリーは言ったのだ。

 

『なぁ、ライナス。俺にはお前が私利私欲で愚かな真似をするような男には見えない。ロザリンデをあの屋敷から連れ出そうとしたのは、何か理由があるんだろう?』

 

 呆然とするライナスに、ギャリーは同じようなセリフを繰り返した。ライナスがその意味を理解するまで、丁寧に。

 ギャリーの誘導がなければ、ライナスは偽証をするという発想にも至らなかっただろう。

 だから、ギャリーはロザリンデがこの四年苦しんだのも、ライナスがそれを悔やんでいるのも、自分の責任だと思っている。


 ロザリンデのことを秘匿してくれているのは、彼の性格だけでなく、罪悪感も関係しているのだろう。

  

「あの証言は、俺が自分の意志でしたことです。団長が責任を感じることはありません」


 心からの言葉だった。ライナスはギャリーになんの恨みも抱いていない。

 それに、そうしたかった彼の事情も理解している。


 ギャリーは貴族の庶子だ。貧しい平民だった母はギャリーを産んですぐに亡くなり、父の元で肩身の狭い思いをしながら育った。教育などは受けさせてもらえたが、生まれ故に、父の家庭から蛇蝎の如く嫌われた。

 その上、結婚相手もギャリーの意思など無視して決めようとしていた。


 彼は貴族を嫌い、その没落を望んでいた。

 だから、ライナスに偽証をしてくれるよう求めたのだ。

 

「……そうか。すまないな」


 ライナスの返答に、ギャリーは少し安堵したように微笑んだ。


「ああ、副団長、ここにいらしたんですね!」


 ひとりの騎士が、ライナスの元へ駆け寄ってきた。


「副団長の執事が来られています。急ぎお伝えしたいことがあるとかで」

「……わかった。すぐに行く」


 ギャリーに別れを告げ、ライナスはすぐにアントナンの元へ向かった。

 詰め所の入口で待機していたアントナンはライナスを見るや否やすぐさま乗ってきた馬車に押し込み、発車させた。


「……おい、アントナン」

「申し訳ございません。人がいるところではお伝えしにくかったので」


 有無を言わせぬ強引さにライナスがじとりと睨みつけると、アントナンは声をひそめ、告げた。


「先程、ロザリンデ様が目を覚まされました」

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