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12話 自己嫌悪

 信仰深いアルクレアでは革命以前より教会には権威があった。神官から構成された独自の騎士団を所有し、教会に属する事柄には捜査権も逮捕権も持っていた。

 当然、神の子に関わる事件も教会の管轄だ。ロザリンデを害したバーニスは教会の牢獄に収監され、尋問を受けているだろう。

 

「副団長、もう出勤されて大丈夫なんですか?」


 監獄を訪れたライナスを見て、部下が驚いたように声をかけた。四年間一日たりとも休みを取らなかったライナスが休んだため、相当深刻な状況だと思っていたようだ。

 

「元々大した怪我ではなかったからな。二日も休めば十分だ……それより、例の囚人のことだが」

「ああ。あの女のことですね」

 

 部下がゲンナリとした表情を浮かべる。余程、バーニスに手を焼いているようだ。

 ギャリーに温情をかけられた罪人ライナスがロザリンデの重要な秘密を証言した一件から、たとえ神の子を害した容疑のある者でも問答無用で処刑するのではなく、最初は尋問を行うように義務付けられた。だから、今は根気よくあの女の話を聞くしかない。

 

「大したことは聞けてないですけど……まあ、侍女長や使用人たちの証言からも十分あの女の容疑は裏付けられますから、処刑は免れないと思いますよ」

「……そうか。今日は俺が尋問を担当してもいいか?」

「ええ。副団長、ロザリンデ様を探すために相当尽力してましたもんね」

 

 容疑者の取調べはしたいはずだと部下は頷いて、バーニスが収監されている牢まで案内した。

 

 


 地下にある牢には天井高くに設置されている明かり取りの窓しか光源がなく、暗く淀んだ空気が立ち込めている。

 常人であれば大概は数日で心身ともに疲弊してしまうような環境だ。ここに捉えられる者は教会の禁忌に触れた重罪人のため、改善する予定はないようだ。

 

「あら。今日はこれまでと違う人が担当するのね。なんだか昨日までの騎士と雰囲気が違うわ。もしかして、それほど地位の高いのが来たのかしら?」 

 

 バーニス・エバンズは劣悪な環境下でも、居丈高な態度を崩さない。風呂も入れないため多少汚れているようだったが、訪れたライナスを小馬鹿にしたように見上げている。

 

「バーニス・エバンズ。お前に聞きたいことがある」

「お断りするわ。こっちは散々あなたたちの質問に答えたのよ? これ以上答えてあげる義理はないわ」

「ーーお前、ロザリンデに何をした?」

 

 淡々と問うライナスの声に、バーニスは一瞬真顔に戻る。だが、すぐにまた口元に嘲笑を浮かべた。

 

「ロザリンデ? ああ、革命の時に姿をくらましたと言われる神の子ね」

「くだらん茶番は結構だ」

 

 バーニスはこの数日、尋問を適当にはぐらかしていた。

 侍女や使用人の証言に加え、ライナスがロザリンデがいた証拠として彼女の白銀の髪を敷地内に残していたというのに、頑なに罪を認めようとしない。


 ふてぶてしい態度をとっているバーニスが、ロザリンデにした仕打ちを懺悔するはずがないことはわかっていた。彼女が自分の罪を後悔しようがしまいが、ライナスにはどうでも良かった。

 ここに来た理由はただ一つ。

  

「あいつに何をした。……あんな風になるまで、お前は彼女に何をしたんだ!」

 

 ライナスの怒声が、薄暗い牢の中に響いた。

 冷静になるべきだとわかっていても、胸にたぎる怒りを抑えることはできなかった。


 ロザリンデは腹が立つほど、偉そうな少女だった。自分がこの世で一番偉いかのように振る舞い、謙虚さとは無縁の人間だった。

 それなのに、再会してからのロザリンデは従順な使用人のように自分の意思を持っていなかった。

 狭い世界に一生涯閉じ込められるとわかっていても己の人生に絶望しなかった彼女は、ライナスから死を与えられることを望むようになっていた。

 

 そうなるまで彼女を追い詰めた犯人が憎かった。この怒りをぶつけたかった。

 

 ライナスの鋭い視線を向けられたバーニスはしばし呆然としていた。だが、やがて何かに気づいたように、身を乗り出してライナスを眺める。

 

「金の髪に緑の瞳……騎士団の幹部……ああ、そういうこと。あはは! そう、そういうことなのね!」

 

 バーニスは心底おかしそうに笑い声を上げた。

 

「何がおかしい」

「ふふ、おかしいに決まってるじゃない。だって、あなたがロザリンデの境遇に怒ってるのよ? 他でもない、あなたが!」

「何を……」

「ロザリンデが変わった一番の原因はあなたじゃない! 革命の功労者、ライナス・オブライエン!」

 

 ライナスは息を呑んだ。バーニスは楽しそうに言葉を続ける。

 

「よく考えて? あなたの証言がなければ、ロザリンデは『貴族出身の神の子』のままだったのよ。貴族はギリギリのところで守られ、革命は起きなかった。そうすれば、あの子は私に捕まることもなく、あなたが知るロザリンデ・グレイディのままでいられたのに」

 

 ライナスは血の気が引いていくを感じていた。

 

『ーーロザリンデを誘拐したのには理由があるんだ』

 

 誘拐犯として捉えられ、そのまま処刑されるのを気の毒がって尋問をしてくれたギャリーに、ライナスは告げた。

 

『彼女はグレイディ家の人間じゃない。グレイディ家に代々使える平民の家に生まれた子だ。グレイディ家は神の子を、自分たちの権威づけのために奪ったんだ』

 

 アルクレアの貴族はロザリンデの存在に生かされていた。神の子が生まれた以上、どれほど憎くとも貴族を排除するべきではないと神は示しているーーそう考えられ、民衆の不満を抑え込んでいたからだ。

 

 けれど、その前提が崩れてしまえば。ロザリンデが奪われた平民の子であれば。これまで押さえ込まれていた分、貴族への不満は一気に噴出する。


 身の潔白を認められたライナスは、当時副団長であったギャリーの元で革命に参加した。腕に覚えのあったライナスは力を示し、ギャリーが団長に昇進した時に副団長に任命された。

 

 革命時、すぐに教会に身柄を引き渡されると思われていたロザリンデは、兄ジョルジュと共に逃げ、姿をくらませた。

 それからずっとライナスはロザリンデを探し続けていた。当初は己の罪と向き合わずに逃げ出したロザリンデを憎んでいたが、時間が経つにつれ焦燥が募った。

 

 ロザリンデは目立つ容姿だ。他国に逃亡していても、どこかで死に絶えていても、遅かれ早かれその事実は表沙汰になることだろう。

 ロザリンデが亡命に成功していれば、貴族たちはそれを誇らしげに語るだろうし、アルクレアではどんな死者でも教会で聖句を捧げてもらい、弔う習慣が根深いからだ。

 

 ロザリンデの消息が途絶えているのなら、彼女は何者かに捉えられている。平民であれば、教会にすぐに引き渡すだろう。ならば、教会の教えを軽視する者に捉えられていると考えられた。

 異端者どもではないことは彼らの動きからわかっていたが、ライナスは気が気ではなかった。

 

 必死にロザリンデを探し続け、そして数日前にやっと見つけ出した時には、彼女は痛めつけられた後だった。外れていて欲しかった予想が当たってしまったことを知った時にライナスを襲った感情は形容しがたい。

 いろんな感情が複雑に混じり合ってたからだ。

 それでも、一番強く覚えたのは怒りだった。

 

「ロザリンデを変えてしまった犯人が許せないのよね? なら、あなたは自分自身に怒りを向けるべきだわ!」

 

 バーニスの嘲笑が牢屋に響く。それを、ライナスは黙って聞いていた。

 

「どうしましたか!?」 

 

 異変を聞きつけたのか、入り口で見張っていた騎士が駆けつける。バーニスはまだライナスを責めるようなことを言っていたが、ライナスの耳には入らなかった。

 

 ライナスはその場を騎士に任せ、立ち去った。

 本当なら用事を終えれば屋敷に帰るつもりだったが、今はロザリンデのいる場所へ戻る勇気はない。

 

 行く宛のないライナスは中庭に出た。意味もなく庭を歩き回る。

 体を動かすことでぐちゃぐちゃな思考や感情を落ち着かせたいが、うまくいかない。


 しばらくそうしていると、しわがれた声がライナスを呼んだ。

 

「君はしばらく休みと聞いていたが、復帰したのかい? ライナス」

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